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左手薬指にkiss

第2章 籠の鍵の行方


―なんで俺なんですか―
 幾度となく繰り返したであろう問い。
 それを類沢は笑い飛ばすだろう。
 だって、瑞希は自分の魅力に気づいてない。
 底なしの存在感に。
 魅せる表情は計り知れない。
 支配の中でも簡単に籠から抜け出せる。
 そんな強さもある。
「せんせー! あの映画やっとロードショーしたんですよっ。観に行きませんか」
「いいよ」
「やったー!」
 無邪気さと澄んだ空気。
 適わないよな。
 自虐的に思うときもある。
 会話の上では優位に立っても、いつも焦らされるのはこちらだ。
「買って来たんじゃないですからねっ! たまたま話をしたら友達がっ……友達が、その……」
 黒の猫耳をふにふに触りながら類沢は噴き出す。
「っくくく。素直に言えばいいのに」
「別に俺は興味ありませっ……でも、えっと。尻尾とかジョーク品で付いてきてて」
 おどおどしながらよくやるよ。
「あっ、はんっ、動かし……す、ぎ」
「本当に猫みたい」
 あのセットは瑞希のアパートに保管されたんだっけ。
「こっち置いてたら毎回使うじゃないですか」
「瑞希も気に入ってた癖に」
「あの尻尾が悪い……」
 いつもいつも。
 なんでもないふりしてこちらの心を読んでくる。
 お蔭で衝動はなくなりつつある。
 寝ている瑞希の首を触れても早まったりしなくなった。
 酒も今は控えている。
 たぶん、前の僕が見たら僕らしくないのかもしれない。
 でも羨むだろう。
 平穏と満足。
 満ち足りているのだから。
「先生」
「ナニ?」
「大好きです」
 だから、ここまで尽くしてるんですよ。
 言葉じりの想いも受け止めるよ。
「そう。知ってる」
「ふふ。俺も知ってます」

 日常にスパイスをくれる、大切な――

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