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Kiss

第5章 ignorant

 悲鳴と共に目を覚ます。
「雛っ」
「と……朋」
 隣の布団から移って来てくれた朋にしがみつく。
 汗で着物が濡れている。
 雛は朱。
 ぼくは蒼。
「大丈夫だよ。夢なんて怖くない」
 見上げると、雛は目を瞑って優しくぼくを撫でていた。
 双子の兄。
 幼い頃から毎日一緒。
 今だって。
 ズズ、と着物の裾を引きずり、朋に寄り添う。
「あの日さ……本当に怖いことなんてなかったんだよな」
「言ったよね、雛。ボクらは秋倉おじさんに助けて貰ったんだって。ほら今はこんなに綺麗な服だし、部屋もこんなに広い」
 朋と違い、ぼくはオドオドと部屋を見渡す。
 だって、夢が言うんだ。
 あのとき手を伸ばしたおじさんは悪い人だって。
 こんな着物、着たくない。
 重いし、動きづらい。
 なにより、これ女の子が着るやつ。
「そんなこと言わないの」
「だって……」
 あのかくれんぼ。
 あれから家に帰ってない。
 もう三年だ。
 お互い十歳になった。
 大きなこの館で、色んな勉強をさせられた。
 ママとパパに頼まれたって。
 字の書き取りとか、算数じゃない。
 着物の着方。
 紅の差し方。
 踊り。
 もう疲れて嫌になったこともある。
 でも、逃げられないしサボれない。
 一回館から逃げようとしたら、たくさんの大きい犬に体中噛まれて、凄く痛かった。
 血もたくさん出た。
 秋倉おじさんには、いっぱい叱られた。
 お尻を叩かれて。
 それからは覚えてないけど。
 朋にも怒られた。
 親切にしてくれるおじさんをガッカリさせるなって。
 でもね。
 おかしいよ。
 ぼくは来たくて来たんじゃないのに。

「まだそんなこと言ってるの」
 朋はウンザリな顔をする。
 長くなった黒髪を一つに結わえて、ぼくの髪も整える。
 朋ほど長くないから、肩まで下ろしているんだ。
「秋倉おじさんは優しい人なの。それでね、ボクは明日から特別に菊の間に連れて行ってくれるんだって」
「菊の間って……あの入っちゃいけないとこ?」
「そうだよ、雛。あのなかにね、ボクにあげたいものがあるって」
「朋はゆーしゅーだから」
 秋倉おじさんの真似をする。
 朋はゆーしゅー。
 ぼくは違う。
 わがまま。
 だから、朋は凄いって思う。
 けどね、いつも夢がそれじゃダメだって言ってるんだ。

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