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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第14章 第四話・其の参

     《其の参》

 雨が、降っている。
 美空が自室を出た頃から、鈍色の雲に覆われた空から雨粒が落ち始めた。雨は止む風もなく、刻が経つにつれ、いっそう烈しくなってゆくようだ。
 美空はまず、表の方に目下、取り調べ中の御客会釈矢代に対面したいと申し出た。
 が、それではいっかな埒があかず、致し方なく、強行突破という手段に出た。
 夕刻になり、一日中続いた矢代の詮議もひと段落し、続きは明日以降になるという。矢代は大奥の〝開かずの間〟と称される狭い納戸に監禁されていた。ここは昔は物置として使用されていたのだが、十数年前に奥女中の一人がここで変死を遂げたことから、開かずの間と称され普段は用いられなくなった。
 大奥が開かれてから、既に百年以上が経過している。それでなくとも、女ばかりの世界は何か一種の秘密めいた雰囲気が漂い、この手の怪談話には事欠かないというのが実状らしい。
 先代家友公の御世、ここで若い御中﨟が何者かに背中を懐剣で刺し貫かれ、事切れていた。下手人もついに捕まらず、何ゆえ、彼女がここで殺されたのか、その原因さえ掴めぬまま事件は闇に葬られた。
 また真夜中、火の番を務めて見回り中であった者が、廊下で平伏する白髪の老女を見たこともあった。この老女は三十年前、大奥が火事となり、一部が焼け、死傷者が出るいう惨事が起こったことがあり、そのときに焼け死んだ御年寄滝橋という者らしい―と、今でも真しやかに囁かれているそうな。
 この滝橋の亡霊は大奥に何か変事が起きる前には、必ず現れると云われ、かつて家友公が初めての卒中の発作を起こされる前夜も、
―ほれ、あそこに誰かおるぞ。
 と、眼前にのびた廊下のはるか先を指して仰せになったそうだ。

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