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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第6章 第二話・其の弐

     《其の弐》 

 その数日後のことである。
 美空は智島を探して廊下を歩いていた。尾張藩ご簾中である美空には、あまたのお付きの奥女中が仕えていることになってはいるが、専ら美空の身の回りの世話をする者は限られていて、その中でも智島が主にそれらを担当している。
 美空としてはなるたけ誰に対しても分け隔てなく接しているもりだけれど、宥松院への遠慮からか、自ら進んで美空に近付きたがる奥女中はいない。もし、うっかりと〝ご簾中さま派〟だなぞと周囲に認められてしまおうものならば、宥松院に睨まれてしまう。そんな危惧を誰もが抱いていた。
 もっとも、いつしか〝宥松院さま派〟、〝ご簾中さま派〟という呼び名ができ、あたかも上屋敷の奥向きで二つの勢力が拮抗しているかのように語られているが、それは全くの事実無根である。何しろ、その〝ご簾中さま派〟の筆頭たる美空は、孝俊の母と争うつもりなど皆目ないのだ。たとえ血の繋がりはなくとも、宥松院は藩主の母ということになっている。即ち、美空にとっては〝姑〟に当たる女性だ。
 孝俊が幼い頃から何かと辛く当たってきた継母であったと聞かされてはいたものの、それでも藩主の母であることに変わらない。やはり、良人の母である女人は尊重ずきだと考える美空が宥松院と対立するしようとするはずもない。
 が、世間はそうは見てくれず、尾張藩の奥向きでは藩主の継母と妻―嫁姑が熾烈な争いを繰り広げていると穿った見方しかしてくれない。そうなると、自然、奥向きに仕える女たちもいまだに奥向きで隠然たる勢力を持つ宥松院をはばかり、ご簾中に近付こうとする勇気ある者はいなかった。
 藩主の正室という立場にありながら、実質的に美空に仕える奥女中はごく数えるほど―というのが内情である。
 もっとも、美空当人にとっては、このことはさほどの問題ではない。何しろ、幸か不幸か、美空は市井で生まれ育った身だ。自分のことは全部自分でするのはごく当然のことと思ってきた。むしろ、一々、何をするにもお付きの女中の手を借りて行うという高貴な女人の暮らしというのに今一つ馴染めない。

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