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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第4章 異端者

 良いかい、よくお聞き。女将は先刻までの烈しさが嘘のように淡々と言った。
「明月が何故、お前を若さまの前で殴ったか、判るかえ? 何も、あの妓は腹立ち紛れにお前を殴ったわけでも、平生の意趣返しにやったわけでもない。あの妓はわざと若さまの前だからこそ、お前を殴ったのさ」
 浄蓮が眼を瞠った。
「おっしゃる意味が―判りません」
 女将が苦笑めいた笑いを滲ませる。三十代後半とも既に四十路に入っているとも言われている年齢不詳の女将だが、若かりし頃の色香はまだ泣きぼくろのある官能的な口許当たりに十分残っている。
 美人というほどの美人ではないが、男心をそそるタイプの女であった。
「あたしは、お前の打てば響くようなところも気に入ってるんだ。でも、やっぱり、聡いようでも、まだ子どもだねえ。良いかえ、浄蓮。昨夜、明月があの場でお前をぶたなかったら、今頃、お前はどうなっていたかを考えてごらん。怒り狂った若さまが何をしでかしてたか判りゃしない。最悪、両班を辱めた罪でお前を訴えて、お前は処刑なんてこともあったかもしれないし、そうまでゆかずとも、若さまが怒りに任せて、お前を屋敷に引きずって帰ったかもしれない。そうなった時、お前は自分の身が到底、ただでは済まないことは想像できるだろう」
 女将の言葉は、浄蓮を打ちのめした。
 殺されるなら、まだ良い。だが、仮にファンジョンの屋敷に連れ去られていたなら、ファンジョンは間違いなく浄蓮をもう一度、我が物にしようと強引に迫ってきたに違いない。その挙げ句、裸にされ、男であることが露見、男の癖に女を装い妓房で働いていたとさんざん虚仮にされ、嬲りものにされた末、酷い殺され方をしていただろう。
 衝撃のあまり、蒼褪めた浄蓮の顔をじいっと見つめ、女将は静かな声音で断じた。

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