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君と僕。

第8章 君と僕と出張

「ほら、遅刻しちゃいますよ?」

「うん」

大きなキャリーバッグを玄関に置いて、この会話をするのはもう3回目。
時雨さんはどうしても行きたくないらしく、僕に抱きついたまま動かない。

「台湾のお土産買ってきてください」

「うん」

「お仕事の話も聞いてみたいです」

「...うん」

うーん、ダメか。
そろそろ本当に遅刻してしまいそうだ。
駅まではそんなに時間はかからないけど、渋滞でもしてたら困る。

「.....頑張ったら夜、沢山サービスしてあげますから」

恥ずかしくて顔から火が出そうだけど、この頑固さんを動かすんだ、背に腹はかえられない。

「行く」

「現金な人」

口を尖らせながら靴を履くと、時雨さんはまた寂しそうにこちらを見た。

「行ってらっしゃい。気をつけて」

「行ってらっしゃいのキスは?」

「したら行かなくなるでしょ。おかえりはしてあげますから、ね?」

確かに、と呟く時雨さん。
手を振ると、寂しそうな笑顔をしながら振り返してくれた。

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