テキストサイズ

白虹(龍虹記外伝)~その後の道継と嘉瑛~

第2章 再会

再会

 なだらかな丘には一面にやわらかな下草が生えている。その光景は見ようによっては、草原の海にも見える。果てなく続く草原の彼方に、二万の大軍を率いた敵方の大将木檜嘉瑛の姿がかいま見えた。対する味方、長戸軍は総勢三千騎。確かに、昨夜、重吾郎が危惧していたように、兵の数だけでは、こちらが格段に引けを取っている。
 だが。重吾郎にも言ったとおり、この戦(いくさ)、負けるつもりはなかった。嘉瑛への入り乱れた想いは別として、あの男が長年の宿敵であることに変わりはない。
 己れが嘉瑛の生命を取りたいと願っているのかまでは正直、今の通継には判らなかったが、いつかは彼と対峙し、勝敗をきっちりとつけておく必要があることは感じていた。
 また、嘉瑛に大切な身内を殺されたのは何も通継のみではない。通継の父通親に仕えていた諸将は皆、多かれ少なかれ、敵に大切な妻子を殺されている。
 八年前、白鳥の国に攻めてきた木檜軍は村々を焼き払い、逃げ出した村人をことごとく惨殺した。逃げ惑う女を捕らえては犯し、幼い子どもや無抵抗な年寄りを斬り捨てたのだ。
 長門氏の主だった家臣たちも皆、最後まで果敢に戦ったものの、戦の最中、留守宅に押し入った相手方の手に落ちた彼らの家族はすべて無惨に処刑された。いわば、彼らは嘉瑛に対して積年の恨みを抱いている。
 彼らにしてみても、嘉瑛方と刃を交え、亡き人々の遺恨を晴らすために闘うことだけを支えにこれまで耐え忍んできたのだ。
 まさに一触即発、触れれば音を立てて割れそうなほどの緊迫が広い草原を支配している。頭上高く、トンビがその場に不似合いなほどのんびりと啼いた。風が吹く度、見渡す限りの草原(くさはら)が風になびく。
 トンビの啼き声を合図とするかのように、通継がス、と、片手を上げる。その背後には〝龍〟の字を墨の跡も鮮やかに記した旗印が風にはためいている。白馬に跨る彼の後ろに重吾郎がぴったりと守るように、やはり騎乗して控える。
 通継の率いるすべての兵たちが大将である通継の号令を今かと待ち構え、固唾を呑む。
 一瞬の空白の後。
「全軍、かかれ―ッ。敵は木檜嘉瑛、ここにあり」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ