白虹(龍虹記外伝)~その後の道継と嘉瑛~
第2章 再会
小山田邦正は譜代の重臣の一人である。八年前、通継の無事な帰郷を何より歓んでくれた老人であった。通継にとっては家臣というよりは、祖父のように慕っていた武将だったのだ。頑固で偏屈だと囁かれていたが、内実は情に厚く、いかにも戦国武者らしい武辺者の不器用さと誠実さを持ち合わせていた。
邦正の訃報を聞いた瞬間、通継の中で何かがプツリと音を立てて切れた。
「おのれ、許せぬ」
通継は唇をきつく噛みしめ、愛馬雪(ゆき)妙(たえ)に鞭を当てた。短いいななきを上げ主を乗せて、馬が走り出す。
「殿ッ、お待ちなされませ。早まってはなりませぬ」
後ろから重吾郎がすかさず追いついてきた。自身も馬に乗った重吾郎は動揺を隠せぬ声音である。必死に通継を諫めた。
「小山田どののご逝去をお聞きになり、矢も楯もたまらぬお気持ちはお察し致しますが、ここで逸ってはなりませぬぞ!」
が、この時既に二人は、敵軍の真っただ中に侵入してしまっていた。
通継にぴったりとついて併走していた重吾郎の面前に、突如として敵方の将がなだれ込んでくる。万事休す、重吾郎は大音声を張り上げた。
「殿ォ~!!」
重吾郎の悲痛な呼び声が黄昏の草原に空しく響いた。
一方、通継は制止する重吾郎の声もきかず、振り切って一人、馬を駆けさせた。夢中になって疾駆しているうち、いつしか敵陣深く入り込んでいたことに、迂闊にも気付かない。
と、ふいに、通継の前に現れた人影があった。見事な栗毛に乗った武将はいかめしい兜を被り、白いものの混じった口髭をたくわえている。その屈強な体軀を見た瞬間、男が木檜軍の中でも殊に勇猛を知られた柳井(やない)兵(へい)五郎(ごろう)であることを知った。
兵五郎影(かげ)清(きよ)は総大将嘉瑛の乳兄弟に当たる。先に白鳥の国が木檜の占領下にあった頃、代官を務めていた柳井清隆は、影清の実弟に当たった。清隆は挙兵した通継方に破れ、自刃して果てている。いわば、影清は、通継率いる長戸軍に弟を殺された恨みがあった。
影清は猛者揃いの木檜氏の諸将の中でも、ひときわその名を轟かせている猛将だ。影清のあまりの猪突猛進ぶりに、ひそかに〝猪武者〟と陰口を叩く輩までいるほどだ。
邦正の訃報を聞いた瞬間、通継の中で何かがプツリと音を立てて切れた。
「おのれ、許せぬ」
通継は唇をきつく噛みしめ、愛馬雪(ゆき)妙(たえ)に鞭を当てた。短いいななきを上げ主を乗せて、馬が走り出す。
「殿ッ、お待ちなされませ。早まってはなりませぬ」
後ろから重吾郎がすかさず追いついてきた。自身も馬に乗った重吾郎は動揺を隠せぬ声音である。必死に通継を諫めた。
「小山田どののご逝去をお聞きになり、矢も楯もたまらぬお気持ちはお察し致しますが、ここで逸ってはなりませぬぞ!」
が、この時既に二人は、敵軍の真っただ中に侵入してしまっていた。
通継にぴったりとついて併走していた重吾郎の面前に、突如として敵方の将がなだれ込んでくる。万事休す、重吾郎は大音声を張り上げた。
「殿ォ~!!」
重吾郎の悲痛な呼び声が黄昏の草原に空しく響いた。
一方、通継は制止する重吾郎の声もきかず、振り切って一人、馬を駆けさせた。夢中になって疾駆しているうち、いつしか敵陣深く入り込んでいたことに、迂闊にも気付かない。
と、ふいに、通継の前に現れた人影があった。見事な栗毛に乗った武将はいかめしい兜を被り、白いものの混じった口髭をたくわえている。その屈強な体軀を見た瞬間、男が木檜軍の中でも殊に勇猛を知られた柳井(やない)兵(へい)五郎(ごろう)であることを知った。
兵五郎影(かげ)清(きよ)は総大将嘉瑛の乳兄弟に当たる。先に白鳥の国が木檜の占領下にあった頃、代官を務めていた柳井清隆は、影清の実弟に当たった。清隆は挙兵した通継方に破れ、自刃して果てている。いわば、影清は、通継率いる長戸軍に弟を殺された恨みがあった。
影清は猛者揃いの木檜氏の諸将の中でも、ひときわその名を轟かせている猛将だ。影清のあまりの猪突猛進ぶりに、ひそかに〝猪武者〟と陰口を叩く輩までいるほどだ。