白虹(龍虹記外伝)~その後の道継と嘉瑛~
第1章 夢
あの別れから既に八年を経た今も、通継にはその応えは見い出せない。忘れようとしてもけして忘れることのなかった男の貌を見て、通継の心はいつしか少年であったあの頃へと還っていた。
八年の刻を遡ったかのように、嘉瑛は別れたときの表情そのままの顔で立っている。孤独の色を滲ませた瞳で、ただ哀しげに通継を見つめているだけだ。
それは、通継が見慣れているはずの―何の感情も宿さぬ瞳ではない。滅多と心の底を他人に覗かせることのなかった彼が、最後に一度だけ見せた束の間の素顔であった。
八年前のあの日、背を向けた通継を確かに嘉瑛は呼び止めた。
―千寿。
あの時、嘉瑛は何を言い、伝えたかったのだろう。去ろうとする自分に、何を告げたかったのか。
もっとも、嘉瑛については、すべてがいまだに判らないままだ。何しろ、数え切れぬほど身体を重ねても、通継が嘉瑛とまともに話をしたことなどなかったのだから。自分に夜毎陵辱の限りを尽くす男に対して、通継は心を閉ざし、けして素の自分を見せようとも、逆に相手の言葉に真摯に耳を傾けようともしなかった。
あの頃、通継は自分をただ情欲のはけ口としてしか見てはおらぬ男の心なぞ、一切理解しようともしなかったし、また、その必要もないと思い込んでいた。
なのに、今になって、嘉瑛の心が、気持ちがこんなにも気になってしまうのは何故だろう。あの男の考えていたことを知りたいと思ってしまうのは、どうしてなのか。
―何故なんだ、あなたは、どうしてそのように哀しそうな眼をして私を見るんだ?
通継は声も嗄れんばかりに叫んだ。だが、彼の声は届かない。どれほど喉を嗄らそうと、想いを伝える言の葉を紡ぐことはできない。
嘉瑛と別れ、たった一人で白鳥に戻ってから八年、通継は元服し名を直二郎通継と改め、三年前には、生き残っていた長戸家の遺臣たちと総力を合わせ挙兵した。
彼等は皆、通継(千寿丸)は既に敵国で亡くなったものと信じ込んでいた。嘉瑛は自害して果てた万寿姫の亡骸を千寿丸のものとし、千寿丸は亡くなったと公表していたからだ。突然、帰ってきた千寿丸を彼らは愕き迎え、そして嬉し涙に暮れた。
八年の刻を遡ったかのように、嘉瑛は別れたときの表情そのままの顔で立っている。孤独の色を滲ませた瞳で、ただ哀しげに通継を見つめているだけだ。
それは、通継が見慣れているはずの―何の感情も宿さぬ瞳ではない。滅多と心の底を他人に覗かせることのなかった彼が、最後に一度だけ見せた束の間の素顔であった。
八年前のあの日、背を向けた通継を確かに嘉瑛は呼び止めた。
―千寿。
あの時、嘉瑛は何を言い、伝えたかったのだろう。去ろうとする自分に、何を告げたかったのか。
もっとも、嘉瑛については、すべてがいまだに判らないままだ。何しろ、数え切れぬほど身体を重ねても、通継が嘉瑛とまともに話をしたことなどなかったのだから。自分に夜毎陵辱の限りを尽くす男に対して、通継は心を閉ざし、けして素の自分を見せようとも、逆に相手の言葉に真摯に耳を傾けようともしなかった。
あの頃、通継は自分をただ情欲のはけ口としてしか見てはおらぬ男の心なぞ、一切理解しようともしなかったし、また、その必要もないと思い込んでいた。
なのに、今になって、嘉瑛の心が、気持ちがこんなにも気になってしまうのは何故だろう。あの男の考えていたことを知りたいと思ってしまうのは、どうしてなのか。
―何故なんだ、あなたは、どうしてそのように哀しそうな眼をして私を見るんだ?
通継は声も嗄れんばかりに叫んだ。だが、彼の声は届かない。どれほど喉を嗄らそうと、想いを伝える言の葉を紡ぐことはできない。
嘉瑛と別れ、たった一人で白鳥に戻ってから八年、通継は元服し名を直二郎通継と改め、三年前には、生き残っていた長戸家の遺臣たちと総力を合わせ挙兵した。
彼等は皆、通継(千寿丸)は既に敵国で亡くなったものと信じ込んでいた。嘉瑛は自害して果てた万寿姫の亡骸を千寿丸のものとし、千寿丸は亡くなったと公表していたからだ。突然、帰ってきた千寿丸を彼らは愕き迎え、そして嬉し涙に暮れた。