テキストサイズ

白虹(龍虹記外伝)~その後の道継と嘉瑛~

第1章 夢

 千寿丸は帰還を果たした翌年、元服、変わらず長戸家に忠誠を誓う家臣たちと共に再起のときを待ち続けた。その長年の忍従がついに報われるときが来たのが通継二十歳を迎えた年である。
 通継は自らの旗印である〝龍〟を高々と掲げ、先頭に立ち、巧みに馬を操りながら戦った。彼自らを旗印とする長戸氏旧臣たちのお家復興を賭けた戦いにより、白鳥の国は再び長戸氏のものになった。
 嘉瑛は自分の乳兄弟をその名代とし、奪い取った白鳥の国は代官であるその男が治めていたのだ。通継は代官の住まう館を取り囲み、わずか二日で降伏させた。何より無用の殺戮を嫌う通継は、代官一人の生命と引きかえに、館の者―彼の妻子や家臣、使用人に至るまで皆の無事を約束し、事実、そのとおりにした。
 戦いを好まず、極力、流血を避ける通継を人は情に厚い武将と讃え、いつからか誰ともなく〝白き龍〟と呼ぶようになった。白は、〝白鳥の国の龍〟にかけたものであったろうか。または、通継の愛馬が白馬であったため、このように呼ばれるようになったのだともいわれている。
 通継は弱冠二十歳で木檜嘉瑛に征服され、その占領下にあった故国をその手に取り戻したのである。同時に、彼はまた、五年前に嘉瑛に攻め落とされた白鳥城を再建した。かつて、白鳥が翼をひろげ優雅に飛翔する姿にも似たことから〝白鳥(しらとり)の城〟と呼ばれるようになったとも伝えられる名城が五年ぶりに復元されたのだ。威風堂々とそびえる白亜の城を目の当たりにした家臣たちは皆、号泣した。
 白鳥の国に長戸通継あり―と、世の並いる戦国武将に知らしめたこの初陣により、彼の名は一躍、世に知れ渡った。そして、あれから三年、通継はついに奇しき縁(えにし)で結ばれた宿敵嘉瑛と再びあいまみえることになった。
 とはいえ、この戦、何も通継から好んで仕掛けたものではない。三年前に白鳥の国を奪還した今、木檜の国と戦う必要は何らない。確かに嘉瑛は父母や妹を殺した憎き仇ではあるけれど、私怨だけのために戦うつもりは毛頭なかった。
 いや、心の底では、むしろこのまま何事もなく過ぎてくれればと願っていたと言った方が良いだろう。自分の心の奥底にある複雑な想いを悟ってしまった今、あの(嘉)男(瑛)と刃を交えることができるのかどうかは心許なかった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ