白虹(龍虹記外伝)~その後の道継と嘉瑛~
第1章 夢
が、いつの時代にも、愚かな者どもはいるものだ。こたびの戦は、元々は国境(くにざかい)の守護に当たっていた雑兵同士の小競り合いがきっかけであった。それでなくとも白鳥と木檜は隣接していて、昔から国境近くでの小さな揉め事は絶えなかった。
しかし、いまだかつて、それが国同士の合戦になるほど紛糾することはなかったのに、今回は木檜方の国境守備を一任されているいわば大将格の男が血気に逸って総攻撃をしかけてきたことが転機となった。
国境で戦が勃発との知らせは直ちに白鳥城の通継の許にもたらされ、これを受けて通継も兵を出さぬわけにはゆかない仕儀となった。
―おい、頼むから、何とか言ってくれないか。八年前の私は、あまりにも稚(おさな)すぎて、あなたの心の内を知ろうともしなかった。あなたは別れ際に一体、私に何を言いたかったのか、私はその応えをずっとこの八年間、探し求めてきたんだ。
嘉瑛は捕らわれの身となった通継を殺すこともできたはずだった。事実、当時、木檜家の重臣たちは口を揃えて言ったのだ。
―敵軍の総大将の遺児など生かしておいては後々に禍根を残すことになりますぞ。即刻、首を刎ねておしまいになられませい。
だが、嘉瑛はひと睨みでそんな声を止めた。嘉瑛から受けた数々の屈辱はけして忘れられるものではないけれど、結果として嘉瑛は通継を解放し、白鳥の国に帰してくれたのだ。あの後、木檜氏の重臣たちが憤慨して嘉瑛にどのように言い募ったかを想像するのは難くない。
彼らは〝何故、どうして〟と激昂したに相違ない。敵軍の大将の忘れ形見、しかも嫡男をみすみす解き放つなど、虎を野に放つようなものだと。そして、更に陰で嘉瑛をやはり、うつけよと暗愚な主君を戴いた不幸に嘆き、憤慨したことだろう。
内輪の恨みをかい、不評をかってまで通継を故郷に帰した嘉瑛の真意は何だったのか?
―私を白鳥の国に帰すことは、後々に禍をもたらすことになるやもしれませぬぞ。
そう言った通継に、あの男は余裕の笑みで応えた。
―なに、そなたごとき子ども一人を解き放ったところで、何ほどのこともないわ。俺は自分一人の力で天下を取って見せる。
しかし、いまだかつて、それが国同士の合戦になるほど紛糾することはなかったのに、今回は木檜方の国境守備を一任されているいわば大将格の男が血気に逸って総攻撃をしかけてきたことが転機となった。
国境で戦が勃発との知らせは直ちに白鳥城の通継の許にもたらされ、これを受けて通継も兵を出さぬわけにはゆかない仕儀となった。
―おい、頼むから、何とか言ってくれないか。八年前の私は、あまりにも稚(おさな)すぎて、あなたの心の内を知ろうともしなかった。あなたは別れ際に一体、私に何を言いたかったのか、私はその応えをずっとこの八年間、探し求めてきたんだ。
嘉瑛は捕らわれの身となった通継を殺すこともできたはずだった。事実、当時、木檜家の重臣たちは口を揃えて言ったのだ。
―敵軍の総大将の遺児など生かしておいては後々に禍根を残すことになりますぞ。即刻、首を刎ねておしまいになられませい。
だが、嘉瑛はひと睨みでそんな声を止めた。嘉瑛から受けた数々の屈辱はけして忘れられるものではないけれど、結果として嘉瑛は通継を解放し、白鳥の国に帰してくれたのだ。あの後、木檜氏の重臣たちが憤慨して嘉瑛にどのように言い募ったかを想像するのは難くない。
彼らは〝何故、どうして〟と激昂したに相違ない。敵軍の大将の忘れ形見、しかも嫡男をみすみす解き放つなど、虎を野に放つようなものだと。そして、更に陰で嘉瑛をやはり、うつけよと暗愚な主君を戴いた不幸に嘆き、憤慨したことだろう。
内輪の恨みをかい、不評をかってまで通継を故郷に帰した嘉瑛の真意は何だったのか?
―私を白鳥の国に帰すことは、後々に禍をもたらすことになるやもしれませぬぞ。
そう言った通継に、あの男は余裕の笑みで応えた。
―なに、そなたごとき子ども一人を解き放ったところで、何ほどのこともないわ。俺は自分一人の力で天下を取って見せる。