
Melty Life
第4章 崩壊
「楽しみだなぁ。生徒会でも、用もないのに普段の活動には立ち会えないから。花崎さんの次の役は、リハーサルで初めて観られるくらいかな」
「二学期か」
「ゆうやも来る?先生にはバレないよ」
「花崎さんに迷惑だろ。他のヤツらにも。なぁ、千里が花崎さんを好きになった経緯は俺、前に聞いたな」
「うん」
「俺は、話してなかったな」
「聞いたよ」
「あれは一部だ」
改札口が見えてきた。
ゆうやは千里と帰宅ラッシュの群れを外れた。券売機の脇に寄って薄汚れた壁にもたれる。
今日は暖かい。六月頭の夕まぐれ、気候が夏に近づいているからというだけでなく、ゆうやにまとわる空気が緩い。淡いオレンジの降りた世界が、いつまでも続いてくれはしないかと空想するほど。
昔、ゆうやには親しかった少女がいた。
小学校に通っていた頃だ。
一人息子に一寸の愛情もなかった父親は、無力で小さな少年を、人間としてさえ認識していなかった。そんな男の手許に育ったゆうやは、しょっちゅう腹を空かせていた。今振り返れば、あの空腹は飢えていたのだ。温かなものに飢えていた。
ほんの些細なきっかけが、ゆうやを少女と交流を持たせるようになった。少女は親鳥に懐いた雛のごとく心を開いて、親友に対するごとく、ゆうやを家に招くまでになった。招かれ先で、小学生の暮らす家というものがあんなにも色彩豊かで明るく、保護者が文字通り子供を保護しているものだというのを初めて知った。
