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Melty Life

第5章 本音


 そんな環境下にいて、信頼出来る友人など出来なかった。同世代の子供との会話が極端に苦手になったし、その内に望まなくもなった。「ゆうくん」と呼んでいた、よそのクラスの同級生だけが例外だった。





 六月を目前にした初夏の風は、ほんのり湿った草の匂いがする。自然と肌に溶け込むようで、にわかに水和の耳に触れたその声も、木々を優しく撫でていく風に似ている。爽やかで甘い重低音だ。


「花崎さん」

 昇降口で、上履きのつま先を床にとんとんと押しつけていると、二日振りに見るクラスメイトが視界の片隅にいた。

 一つ週が明けただけ、日付が変わっただけなのに、どこか心機一転した風な顔つきの生徒達が朝の挨拶を交わし合う中、来須は水和に微笑んでいた。おはよう、と、来須は続けて口を開く。彼の細めた目は明らかに水和しか捉えていないのに、その背中は通行していく生徒達の好意的な視線の正鵠だ。


「おはよう、来須くん」

「土曜はごめんな。おじいちゃんも心配してくれて有り難う、って」

「ううん」


 ただでさえ生徒代表として名の知れた来須は、水和が受け答えしている間にも、もどかしそうにしている生徒らの注目を集めている。特に下級生達は、来須と遭遇出来る機会など限られている。今こそ挨拶くらいしたいだろうに、会話に割り込む勇気はないのだ。

 代わりに声をかけてあげたい。
 彼らが挨拶したいのは、水和ではないけど。


「理事長さん、早く元気になると良いね。お大事に、と、伝えておいて」


 話を切り上げて、水和は来須の脇をすり抜けた。

 同じ制服、同じ髪型をした生徒達の群れに混じって、足早に、穏やかな日常のシーンに戻る。



 月明かりが街を微かに照らしていた、土曜の夜が水和の記憶を追ってくる。

 来須と歩いた駅までの道。

 彼の純真さを目の当たりにした水和は、何度目かの彼の好意を耳にした。似てるかも、と、彼のような家柄の人間に、庶民の水和があるまじき共感を示すと、彼は美しい白鳥が水面下の努力を垣間見られたみたいに顔を歪めた。彼の中で長年張り詰めていた糸がたゆんだような顔だった。

 来須の腕の質感が、水和の身体を離れない。来須の匂いが。

 抱擁は、一瞬だった。来須はすぐにはっとして、謝罪と共に水和を離した。

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