Melty Life
第5章 本音
初恋が甘酸っぱいなんて、重ねた歳月の彼方にその時分の記憶も置き去ってきた大人達にだから、言えるのだ。或いは人間のしぶとい性質が、記憶を美しく装飾し、都合の良い具合に処理するように出来ているのか。
水和の姿が壁の死角に入っていくと、ざわついた静寂が千里を包囲した。
やっと声をかけられる状況になった生徒代表に我こそはと挨拶していく生徒達に、千里は上の空で応じていく。
人並み以上に、人との関わりは豊潤だ。その実、千里は深い孤独の中枢にいる。
狂おしく慕っている水和と会話したあとなのに、彼女への想いを自覚した時、クラス替え発表で自分の振り分けられた欄に彼女の名前も見つけた時、LINEで連絡をとり合う時からすれば、胸の奥が静かにせせらぐような甘ったるい余韻が広がらなかった。
暗雲ばかりが濃さを増す。
一昨日の失態を悔みすぎて、彼女の顔色を窺うべく声をかけたのに、案の定、クラスメイトなのに一緒に教室へ向かうことも出来ないで、水和は素っ気ないとも言える態度で千里を離れた。
こんな時、あかりならどうするか。ゆうやなら、どうするか。
恋敵達なら大抵の女子には通用する、各々の取り柄を考えてみても、一方の千里には何もない。
初恋は、本当は甘酸っぱいのかも知れない。
しかし幼少期から厳格な親の元に育った千里は、難解な方程式こそ解けても、勉学以外は及第点とはほど遠い。