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てのひらの福袋

第11章 【痴漢】

 痴漢被害に遭った女性が、なぜ泣き寝入りするのかが、ずっと分からなかった。あんなもの、駅員か警察に引き渡して終わりだ。触っている腕を掴んで、たった一言

「この人、痴漢です」

ってそう叫べばいい。それだけで自分は守られるし、相手はそれ相応の罰を受けることになるだろう。なぜそれをしないのかと思っていた。だけど、自分が当事者になってみて初めて分かった。しないんじゃない、出来ないんだ。まず始めは、何が起きているかわからない。

ーあれ?触られてる?それとも気のせい?鞄か何かがあたっているだけ??

 触られているのかもしれないし、違うのかもしれない。微妙な触り方だと判断に迷う。自意識過剰と言われないだろうか、悩んでいるうちにだんだん相手の触り方が大胆になってくる。

 そして、痴漢されてるんだ、とハッキリ気付いた頃には気持ち悪さで脂汗みたいなものがでてきて、恐怖で声帯が縮こまり、声が出なくなっている。

(誰か、助けて…)

気持ち悪い男を視界にいれたくなくて、目をぎゅっと瞑って天に祈る、が、だいたい助けは来ない。

男の手から逃れるために必死で体を捩じらせる。狭い満員電車、逃げ場はほとんどないけれど、それでも少しでも遠くへ逃げようとする、が。

「ハァ…ハァ…だいじょうぶ、すぐにイカせてあげる」

 目を瞑って体を捩じらせているのを、感じていると誤解されたみたいで、男が興奮して話しかけてきた。

その時、私の中で何かがブチっと切れた。

「行くのはお前のほうじゃ~~!!警察に突き出してやる、この痴漢野郎!!」

 驚いた男の間抜け顔は、今でも忘れられない。あれから10年。私は警察官になった。あの時の私みたいな被害者を少しでも減らすために、日夜、痴漢を取り締まっている。

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