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止まない雨はない

第2章 プリテンダー

玄関ポーチに近づき、ドアポストから投函されたNYタイムスをルカは拾った。

そこに、一通の封筒が造作なく足下に落ちた。
それは日本から来たエアメールだった。
タカシと住み始め、自分宛の郵便物もこちらへ転送してもらうことにしていたルカだった。

宛名には“山口瑠歌先生御侍史”と書かれている。
自分に宛てられた日本の大学病院からだった。

確認すると、内容はルカの論文が認められ、ドイツでの大学病院へ客員教授として、
招聘が来ているという内容だった。

そのために日本に一時帰国せよ…とある。

自分にとって、チャンスといえば、チャンスだった。

だが………。

ルカは玄関口から、キッチンに立ってスクランブルエッグを味見するタカシを見た。

「あちっ…!ま、我ながら上手にデキたもんだ♪」

そんなふうに上機嫌な彼を見て、ルカは辛くなった。


タカシはNYには本場のジャズピアノを吸収したくて、
ここにやってきているのだ。
今自分が易々と「日本に帰るから…」と言えば、あっさり承知してくれるとは到底思えなかった。

いや、もしかしたら、ルカが一人で帰国すると言ったなら
「じゃあ、オレも…」と言いかねないかもしれない。

自分のせいで、彼の夢を諦めさせるなんて絶対にしたくない。

エアメールに眼を落とすルカの表情が固くなったのを、タカシはキッチンから敏感に感じ取っていた。


オレの愛するひとだから…。


そんな彼の想いが、ルカの憂いひとつとっても、見逃すことが無かった。

「……どうした、ルカ?エアメール、来てたみたいだけど?悪い知らせ?」

「…いや、なんでもないよ。仕事が忙しくなりそうかな…って思って、
軽く凹んでしまっただけで」


「そう………。」

タカシはそれ以上はルカに訊ねてはこなかった。
思わず、今はほっとせずにはいられなかったルカだった。



……だが、期限は迫っている。

ドイツには一度でいいから渡ってみたかった。
眼科の最高権威たちと、
アカデミックで意見を交換して…。


自分にとって、それはとても贅沢な悩みと決断だった。

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