テキストサイズ

止まない雨はない

第3章 遠き地にて君想うとき

「Ein Lehrer ルカ!(ルカ先生)朝食が出来たわよ…」


階下で彼を呼ぶのは、この下宿の女主人、シュトライト婦人だ。
歳は60歳を越え、ふくよかで丸い眼鏡をかけた、やさしい銀髪の婦人だ。

「フラウ・シュトライト!今行きますよ…」

階段の手摺に手を掛け、自室から出てきたのは、J.F.K.空港でタカシと別れてから、既に三ヶ月が過ぎようとしていたルカだった。

食卓に着くと、シュトライト婦人は彼に自家製のBrot(パン)をたくさん勧めてきた。

「ハムは?それともチーズは如何かしら、ルカ?」

「いえいえ…そんなにも食べられませんよ!僕の友人なら…朝から食欲旺盛でしたけど」

僕の友人……今は行方の知れない、タカシだった。

「まぁ?たくさん食べてくれる男性は大好きよ!亡くなった主人も、朝からたくさん食べてくれる人だったもの…。
ルカの友人、バイエルンには来ないの?」

「……そうですね…」

ルカはふと、淋しげな微笑を浮かべた。

「…ケンカをしたわけではないのですが…事情があって、一緒にはいられなくなりました。僕もこちらのアカデミーに招聘されたし、彼には…大切な夢があったので」

「……そうなの。ごめんなさいね。そのお友達、あなたにとって、
とても大切な人だったのね?よくわかったわ」


シュトライト婦人はすまなさそうな顔をして、そのままキッチンへと消えてしまった。

「そういえば…タカシさん、朝っぱらからモグモグよく食べる人だったなぁ…」

コーヒーの入ったカップを両手で包むようにして持ちながら、ルカは目を閉じた。

≪おーい、ルカ!今日の朝飯、何がいい?オレ、腹減って早起きしちまった…≫

≪あーあ、目玉が潰れちゃったよ…。やっぱオレは眼科のルカ先生には敵わないみたい
だから、今朝のメニューはスクランブルエッグだよ?≫

≪ルカの作る飯って、どーしてこんなに美味いんだろうーねぇ…?やっぱ、愛情ってヤツ?≫

≪あー、腹減った。あ、もっとちょうだい、それ!!≫


タカシとのNYでの暮らしは自分の人生の中で最も充実し、最も幸せな日々だった。


ストーリーメニュー

TOPTOPへ