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止まない雨はない

第5章 本命とラーメン

「だって…チーズとか切らしてたから、買いに行かないと…」

「そんなこと行って、また遠回りして業務用スーパーの帰りに、ルカ先生のとこに行くつもりだろ?」

「あれ?あははは…ばれちゃった?凄いぞ、鳴海!お前、エスパーになれるな?
じゃ、ま、そういうことだから…」

「……職場放棄だな」


ピアノの蓋を開けながら、佐屋がぼそっと呟いた。


建て付けの悪い入り口ドアを開け、タカシは堂々と出ていった。


「…ったく、マスターはベタ惚れでカッコ悪いって」



ズボンのポケットに両手を入れ、少し猫背にして歩く。
背の高いタカシのちょっとしたクセだった。


歓楽街のネオンは日没あたりから輝きはじめる。
ところどころで大声で携帯で話している者、目標物の前で待ち合わせている者、
呼び込み用にチラシを配る者、いつもと変らない風景だ。

「あら、タカシちゃんじゃない?」

野太い声に名前を呼ばれ、『ども…』と返事をする。

「…ったく、つれないわねぇ…。同じ同業者同士、たまにはゆっくり飲みにきてちょうだいよ?」

タカシに甘えた声で話しかけた主は、顎のラインが四角張った、
大柄な男性…もとい、心は女性である、おかまバーのオーナー兼ママだ。

「いやぁ…すまないねぇ…。うちもしがないピアノバーだからね、赤貧だけど忙しいのよ、コレが…」

「やぁーねー!また調子のイイこと言っちゃって!聞いたわよー?最近出来た、ビルの2Fの、ほら?あの眼科の先生と恋仲だっていうじゃない?悔しいわねぇ…」


なんだ…もうバレバレだな…。


タカシは苦笑いしながらおかまバーのママに答えてみせる。

「…まぁね。彼、ドイツ帰りで、オレがアメリカに居た頃からの付き合いなんだ」

「まぁ!そんなに長く付き合ってんの?ラブラブじゃなーい?いいわね、
しかも、イ・ケ・メ・ン同士」

「ははは…しるびあチャンもイケメンな彼氏見つけなよ?」

「そーね、タカシちゃんにフラれちゃったら仕方ないわね…。お幸せにネ~!」


見た目はどうあれ、このようにおかまバーのママはサッパリとした気さくな人物だった。


そしてふたたび、タカシはまた街のなかを歩き出す。

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