止まない雨はない
第9章 ふたり
「なるほどのォ…。では久しぶりにワシのために一曲弾いてくれんか、風間」
「承知しました」
風間は静かに堺谷から離れ、彼の視線の先にあった、漆黒のグランドピアノに腰掛ける。
そこで白手袋を外し、ブルース調でなめらかな音を奏で始めた。
この音色をもしもタカシが直接聴くことが出来ていたら、驚愕と感激とで複雑な反応を同時にするかもしれない。
なぜなら風間は、かつて日本人としては世界に名も知れ渡った、ジャズピアニスト界では神のような存在のアーティストなのだ。
「………奴には乗り越えられる壁と思うが」
堺谷はグラスに口をつけ、ブランデーを飲み干した。
「さて……上手く蛇どもを追い払えるか、お手並み拝見とするかのォ…」
己がタカシに与えた店と土地の資産価値を充分承知していた堺谷は、いずれ彼らにトラブルが生じることも、想定内だったのである。
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一方、拉致されたルカは、シャツを剥がされ、“蛇”のオフィスで逃げ出せぬよう、殴る蹴るの暴行を受けていた。
殴られたとき、口の端を少し切ったらしい。口のなかに血が滲み、不快な鉄のような味がした。
上半身裸で縛られたルカは、床の上に力なく寝転がっていた。
タカシのことだ。きっとここに乗り込んでくるに違いない。
出来ればそうなって欲しくない、とルカは思う。
人質である自分がこんな目に遭うくらいなのだ。タカシも無事では済まされないだろう。
「……こんなことをしても、タカシさんは来ないと思いますよ…」
連中をなんとかあきらめさせることは出来ないだろうか。
ルカは床に這い蹲りながらも、タカシを守ろうとしていた。