テキストサイズ

止まない雨はない

第10章 RE:

「いずれにせよ、僕は君を弟子として、生徒として育てたいし、
僕のもっている、ありとあらゆるものを授けたいと思っているんだ。
それを受け止められるのは、既にプロとして成功してしまっているようなプレイヤーでは
どうしても独自の考えや身に染み付いた技巧が邪魔になってしまうだろう。
僕はね、まっさらでがむしゃらにピアノを弾きたいと思う人間に
それらを譲りたいんだ。それが君なんだよ、タカシ君」

「………風間さん」

もう迷う理由はなかった。ただ、タカシにはひとつだけ不安があった。
本格的にジャズピアノを修行しなおすのであれば、
やはり日本を飛び出してNYに戻らなくてはならない。

そう思ったのだ。

「風間さん……実はオレ、この新宿で堺谷さんにルーカスって“城”をもらった日から
いろんなものを築いてきたんです。オレみたいにいい加減で
根無し草のような生活をしてきた、どうしようもない人間に対して、
この界隈に住む人たちは、誰もが支えになってくれ、励ましてくれました。
オレが自暴自棄になって堕ちるところまで堕ちずに済んだのは、
もちろん、音楽のおかげでもあるし、堺谷さんが与えてくれた
仲間との関わりだったんです。それに、店には今、
行き場のない高校生のバイト君が2人いたりするんです」

風間はタカシの言葉を黙って聞いていた。

「それに……ルカとは離れるわけにはいかないんです。
彼もこの街の無くてはならない医者となっています。
オレは……ルカを置いてまた、渡米することなど出来ないんです。
たとえ……自分の夢の実現のためとしても」

「……タカシさん」

風間は二人の深い絆を充分理解しているつもりだった。
それを実際この目で見ることができ、やっと考えがまとまったようだった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ