ジェンダー・ギャップ革命
第2章 唾を吐く貧民
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シンデレラや白雪姫になるくらいなら、愛津は灰かぶりのままでいたい。林檎の毒で死んでしまった方がマシだ。
ガラスの靴を手がかりにして一人の女を探すストーカー男など恐怖の沙汰だし、こと切れた女にキスする男も性犯罪者だ。
もっとも、どん底を経験したことのある点では、愛津も、かの姫達に通じるかも知れない。
今から八年前、十九歳の夏だった。父親が急な病に倒れた。
九死に一生を得た父親には後遺症が残って、健常者としての復職が出来なくなった。転職したパート先もすぐに辞めた。しばらくは貯金や母親のパート収入でやりくりしていたようだが、翌年、愛津も一年しか通わなかった大学を中退して、非正規雇用の仕事に専念するようになった。
振り返れば、社会に出たばかりのあの頃が楽しかったと思う。
概ね回復した父親は、何かと理由をつけて引きこもり続けて、母親の収入を全て取り上げて管理した。そのくせ不平ばかりこぼすようになった彼は、家中の空気を悪くした。家族の中で、病気にかかったはずの彼が、最も顔色が良かった。
母親はいつも何か言いたげだった。だが、かつて大企業に勤めていた彼女が嫁ぎ先の親族らの強要を受けて退社した時のように、配偶者の勝手気ままにただ従っていた。
そうした実家を抜け出して、一人暮らしを始めた。仕送りさえすれば他は自由を得た愛津は、すこぶる自由だった。