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ジェンダー・ギャップ革命

第8章 報復の権利






 死に直面した人間は、これまでの記憶が、走馬灯のように頭を駆け巡るという。

 ありあには、とりわけ愉快な情景ばかり蘇ってきた。

 心残りは英治のことだ。彼は、突然音信の絶えたありあを、どう思っているだろう。
 面会に訪ねてこなかったところからして、英真は兄に話していないかも知れない。ありあとの将来まで語ってくれた恋人は、もう新たな女とでも出逢ったか。


 …──どうして彼女に気の利く言葉もかけられなかったんだ、私は。娘に構えなかったんだ。


 ありあの担当した男の一人が、昔、激しい後悔を繰り返していた。

 その男は、勉学だけが取り柄だったと自負していた。卒業後は役所に就職、そしてある時、上司に連れられた飲み会で、世にも美しい女と出逢った。彼女はこまやかな心配りの出来る芯の強さと、冬の明け方の結氷のような儚さを持ち合わせていて、男は彼女に夢中になった。
 内気な彼は、保証された将来と金だけは不足なかった。何不自由ない生活を彼女に提供することを誓ったが、愛を告げる手練は持ち合わせていなかった。結婚後、年ごとに彼は重要な仕事に携わるようになり、役所での拘束時間も増えた。就業中に溜まった疲労や苛立ちを持ち帰るようになった彼は、黙々と家事をこなす配偶者に声をかけるのも億劫になり、彼女と娘との関わりを避けるようにして早朝家を出たりして、家族の中で孤立した。

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