ジェンダー・ギャップ革命
第9章 安息を望むには苦しみ過ぎた
「織葉が私に似なくて良かった」
酒器を置いて、えれんは息をついた。
手前には、突き出しの皿と、柊の麩が浮かんだ吸い物。漆塗りの座卓を挟んだ向かい側で、泰子が腕を傾けていた。
「服の好みが似てないからでしょ。いくらえれんが貴女好みに織葉ちゃんを育てたからって、母娘は他人になりきれないわ」
「嘘も繰り返せば事実に近付く、と言わない?舐められにくいところとか、泰子に似てくれたと思うな」
「協力すると言ってしまったからにはね。あの子を娘と思い込めるよう、名付け親も引き受けた。少しは情が移ったわ。織葉ちゃん、愛津ちゃんと別れたでしょう。本人達の意思とは考え難くて……私は何を願えば良いの」
泰子が、えれんよりずっと母親らしい顔つきを見せた。
そうだ。実の母親であれば、よほどの難点でもない限り、娘や息子の選んだ相手を認めて祝福する。実際、泰子にはその器量があって、えれんにはない。
えれんと織葉の血縁を、今まで誰一人として勘繰らなかったわけではない。英真達はたまに洒落にならない冗談を口にしているようだし、インターネットの奥地には、品性に欠けた記事も山ほどある。
父親が大越湊斗と限らないのが、周囲の目を欺けてきた要因だ。
結婚前、まだ立場の弱かった彼は、式を上げる直前まで、上司らがえれんを連れて歩きたがっても、悲しげな顔を見せるだけだった。接待と割り切っていた。愛娘には、えれんを苦しめ抜いたあの男の面影がない。