ジェンダー・ギャップ革命
第9章 安息を望むには苦しみ過ぎた
その夜、新調した洋服をクローゼットに吊るしていくえれんの背中を見つめていた織葉は、えみるとの会話を話題に出した。
「純粋ね」
「気の毒なくらい」
「女性優位の社会作り。それだけすれば万事解決だなんて、甘かったわ。誰かが笑えば、誰かが泣く。身をもって知っていたのに」
織葉の隣に腰を下ろした育ての母は、こういう時、ぞくりとするほど為政者らしい顔を見せる。就寝の挨拶をするのと同じくらい自然な所作で、彼女が織葉に片手を重ねた。
「悩んでるお義母様、綺麗」
「ええ?」
「いつも綺麗だけど」
「真面目に頭を痛めてるのよ」
「悩んだって何にもならない」
物欲しげな片手を取って、薬指の付け根を唇で触れた。
織葉が物心ついた頃、銀のリングが負担を与えていたえれんの細指は、こうも自由で軽やかになった。
彼女の指の隙間を埋めて、撫でながら片手を組み繋いでいって、織葉はえれんの顎をつまむ。唇を塞ぐ。彼女の顔から緊張感が抜けていく。女の顔色が覆っていく彼女を細目に見つめながら、織葉は何度かキスを重ねて、口内に舌を差し入れる。
「はっァ、ん、んぅ……」
えれんより少したどたどしく、織葉を呼ぶ声。彼女より少し高めのトーン。
愛情を超えた執着で、自分を繋いだ女の唇を味わっていても、ひととき愛らしさやいじらしさに溺れた愛津が、頻りと織葉の脳裏をちらつく。キスが甘いなど誰かの発想した比喩なのに、愛津のそれは、えれんよりやや甘かった。
手のひらに頬を挟んでキスを離すと、まるで初恋をしている少女の顔で、えれんが俯いていた。