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ジェンダー・ギャップ革命

第10章 正義という罪悪


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 人間は、無償に他者を愛せる一方、迷いもしないで憎みも出来る。

 今のえれんは、それらの発作の後者の向かい先に過ぎず、一度割れたガラスや磁器が元に戻らないのと同じだ。行動してもしなくても、同調性バイアスに突き動かされた市民らは、彼女をなじる。

 愛津は、そう彼女に諭した。

 今夜も愛津が彼女の家を訪ねているのは、昼間、事務所に一人で戻った彼女が、定時になる頃、いよいよ死人の顔をしていたからだ。愛津とて思うところがある。しかし自棄を起こしたと聞くえみるより、彼女こそ重症と言えるだろう。英真達も、今日ばかりは彼女を労っていた。


「つまり心配だからと付き添ってくれた愛津ちゃんも、私を許すつもりはないと?いいわ、織葉もまだ帰ってこないだろうし、説教でも何でも始めて?」


 すっかりしおらしくなったえれんは、愛津の手前にも並んだディナーを切り分けていた。

 前菜、主食、アラカルト──…主人がいかなる状態でも、決まった時間に凝った料理を出さねばいけない家政婦達の腕前は、愛津の舌も喜ばせた。

 レモンソースでさっぱりとした風味になった白身魚を飲み込んで、愛津はまた口を開く。


「私の話は、今はいいです。ただ、神倉さんには、まだきっとやれることがあって……それを見付けていただきたいんです。えみるんが神倉さんを拒絶したのだって、割り切ってしまいましょうよ。役員の反感ひとつに惑わされていて、これから何が出来るんですか。少し前まで神倉さんは、もっと堂々とされていました。新しすぎて、行動力がありすぎて、頭が追いつかないからって、神倉さんをよく言わなかった市民もいたくらいなのに……」

「もしかして励ましてくれている?」

「えみるんと違って、私も諦めていませんから」

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