ジェンダー・ギャップ革命
第10章 正義という罪悪
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今年の春は、短かった。
梅雨は瞬く間に明けて、蒸し暑さも出てきた最近、どこも選挙の話題で持ちきりだ。
「清愛の輪」も、五年振りの緊張感に包まれていた。
愛津は、自宅に戻ってやっと、ひととき肩の力を抜ける。
一般事務を始めたえれんは、彼女に憧れていたという代表取締役を始め社員達が働く事務所で、さっそく大きな仕事を任されている。そうした中でも週の半数は愛津より先に帰宅して、風呂や夕餉を準備をして待ってくれている。
自分本位で嫉妬深く、独占欲の塊だ。
えれんは、彼女の恋愛における姿勢を愛津に話したことがある。
それだけ深く誰かを求められる人間なのだ、と愛津は思った。彼女が織葉を愛するあまり、愛津にも彼女の衝動の矛先が向かったこともあるが、誰にでも過ちの一つくらいはある。彼女と織葉が愛し合い過ぎたのだとすれば、愛津は、ついに両親との和解に踏み出せなかった。
「神倉さん、今日の私の街頭演説、この原稿で大丈夫かな」
「自信を持って。愛津ちゃんは可愛いし、話しているだけで皆の気持ちを掴めるわ」
「ダメだってば。それでなくても双葉愛津って誰、なんて、SNSでも容赦ないのに」
「愛津ちゃんを知らないなんて、失礼ね。……貸して。もっと強気な言葉に書き換えてあげる」
朝食のシチューを口に運んでいたスプーンを置いて、えれんが愛津から原稿コピーを掴み上げた。
真剣な目で、文字の羅列を追う彼女。
その美しさに、愛津は懐かしさでいっぱいになる。
「ん……」
愛津は、えれんの唇を自身のそれで塞いだ。
蜜の糖度を含む音を喉にくぐもらせて、唇に僅かな隙間が出来ると、えれんが揶揄した声色でささめく。
とても緊張しているようには見えない。
その声をまた封じた時、愛津は、月村との約束を思い出した。
「あ、……ごめんなさい。事務所へ行く前に、収容所に用が」
「そっか、月末のあれね。行ってらっしゃい、片付けておくわ」
続きは夜、と唇の端を上げたえれんの片手に指を絡めて、愛津は名残惜しさを残して離した。