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ジェンダー・ギャップ革命

第2章 唾を吐く貧民






 井原真智の料亭は、デザートまで絶品だった。

 芸術品にも見紛う体裁、宝石と称えるに値する味に舌鼓を打って、一同は健全な時間に店を出た。


「ご馳走様でした、神倉さん。美味しかったです。井原さん、今度、親にも紹介しますね」

「神倉さん、有り難うございました。お帰りお気をつけてー」


 最寄駅で解散して、愛津はえみると改札を抜けて、同じ電車を待つホームへ向かった。


「緊張したぁ」


 酒の匂いを振り撒く乗客で賑う電車に乗るや、えみるがだらしなく姿勢を崩した。
 ピンクブラウンの長い巻き毛にパステルカラーの化粧、レースやフリルの付いた普段着──…一見、愛らしい心象を受ける彼女は、間近に見ると吊り目がちで凛とした種類の顔をしている。少しくらい楽にしていてもきちんとして見える佇まいだが、よほど気を張っていたのか、今はまるでダリの絵画の時計だ。


「神倉さんは、毎回、ガチなのっ。老舗ホテルのフランス料理に、ほとんど時価のお寿司屋さん、お皿に対して料理の小さい中華に、京懐石に──…あの雰囲気、庶民にはキツイ。初めてデパコスに入った中学生の気分になるっ」

「わぁ、分かりやすい喩え」

「愛津ちゃんは緊張しないの?」

「まず自分を庶民と思ったことがない」

「出た、エリートの発言」

「えみるんもお姫様だと思えば良いだけだよ。私はエリートじゃないし、場慣れもしてない。ただ、庶民ってネガティブな印象の言葉じゃない?わざわざ自分を下げたって、それで何か粗相して、大目に見てもらえるわけでもないし。お姫様くらいに思っておいた方が、パワーワードがパワーを呼ぶ」


 ただし昔の愛津がえみるの立場であれば、えれんを食事に誘ったことを後悔したろう。生地のすり切れた洋服を着て、傷みっぱなしの髪を束ねただけの格好では、あんな店で、あんな風に井原と話すことも恥じらっていた。

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