ジェンダー・ギャップ革命
第2章 唾を吐く貧民
* * * * * *
母親が「清愛の輪」本部を訪ねてきたのは、突然だった。午後の業務が始まる直前で、LINEに彼女からの知らせを受けるや、愛津は階下に駆け降りた。
「お母さん、寄ってくれるならもっと早く連絡くれても」
「ごめん、仕事だった?」
「あと十分は時間ある」
別段、最悪な親子関係ではない。
昔は休み時間を合わせて娘をランチに誘うこともあったような母親は、あの頃を懐かしみでもしたのだろうか。
予想に反して、彼女の用件は別にあった。実家に戻ってこないかという提案だった。
「娘にこんな話、情けないわよね。でもプライドを捨ててお願いに来たの。愛津、今、収入良いんでしょ。愛津が戻ってきてくれたら、お母さんと貴女の稼ぎで、私達また楽しく暮らせる」
「お父さんとまた喧嘩した?お母さんも家、出れば良いじゃない」
「出たらお父さんの生活保護の分、もっとしんどくなってしまう」
「いくら足りないの?仕送り、値上げすればこの話はなかったことになる?」
愛津は、今にも荒げそうになる声を抑えていた。
この母親は、娘の帰りを望んでいるのではない。愛津の収入を当てにして、来ただけだ。
男の税率は過去最高だ。それで離婚する夫婦も増えた中、母親にはその選択肢がない。配偶者が得るなけなしの給付金と自身のパートの収入で、窮屈に暮らす他に想像出来る未来がないのだろう。
彼女の言い分には一理ある。満足に生活出来る金があれば、愛津の家族は、きっと昔のように戻る。
だが、愛津は知ってしまった。困窮した時、この母親と父親が、どういった本性を剥き出すか。