ジェンダー・ギャップ革命
第2章 唾を吐く貧民
「胸、当たってる」
「当てているの」
「来月の政治集会のスケジュール、明日には出さないと」
「なら、明日で十分よ」
上司としてもあるまじき口振りで、えれんが織葉のシャツの襟口をいじる。呼び水を施す塩梅で、首筋にちょっかいをかけていた指が、ボタンを一つ外した。
「一緒に帰ろう」
乾いたルージュに色づく唇のささめきが、魔性の刺戟を耳に注いだ。
わざとらしい、えれんの吐息。彼女の指が、じかに肌の上を踊る。
織葉はこらえきれなくなった。衝動に突き動かされて後方を向く。
「…………」
「んっ」
対極の磁石が吸い寄せられるようにして、織葉はえれんの唇を塞いだ。自分を撫で回していた彼女の利き手を捕まえて、身体ごと彼女に向き直ると、より濃密なキスをねだる。角度を変えて、触れるだけでは焦れったいと言わんばかりに幾度となく重なる二人の唇が、言葉にし難い想いを持て余して野性を増す。
くちゅくちゅ。ちゅぷ。くちゅ、ちゅ。…………
第三者への配慮もいらない口づけの末、脳の痺れと唇同士を繋ぐ銀糸を僅かに残して、織葉はえれんの顔を見た。
「一緒に帰ろう」
今日二度目の彼女の言葉に、織葉は頷く。
何をもって自由と呼べるか、それは誰にも分からない。
少なくとも織葉は、日頃は強かでさえある後輩の涙を拭いながら、やるせなくなった。金という一つの欠落が、愛津や彼女の母親のような女を苦しめる。相変わらず世界は女に冷酷で、えれんという希望に翼賛しても、織葉こそ無力だ。
かつて自由を擲った分、まだそれを望むことの出来る愛津くらい、笑顔でいさせたいのに。
第2章 唾を吐く貧民──完──