
夢のうた~花のように風のように生きて~
第5章 花塵(かじん)
その年も終わり、新しい年が来た。しかし、お千香の暮らしは何も変わりはしない。
定市の訪れを待ち、ただ抱かれるだけの日々が続いていた。美濃屋を出てから、既に一年が経とうとしていた。
新年の松の内も明け、正月気分もひと段落したある夜、いつものように定市が訪れた。
待ちかねたようにお千香の帯を解き、着物をはぎ取ってゆく。荒々しく唇を吸われた時、烈しい吐き気が胃の腑の底からせり上がってきた。
お千香は定市の逞しい身体を押しのけ、部屋の隅に這っていった。吐き気は依然として治まらず、お千香は涙目になるまで咳き込み続けた。
「どうした?」
定市が近寄ってきて、お千香の肩に手をかけた。お千香は海老のように背を折り曲げ、ひたすら咳き込み続けている。
「もしや、お前―」
定市は何かを感じたらしい。だが、お千香はそれどころではなく、ただ苦しいばかりであった。
しばらくして漸く吐き気が治まり、お千香は毎度のように定市に抱かれた。その吐き気は頑固にもお千香をそれ以降、しょっちゅう悩ませることになった。
自分はどこか悪いのか、何かの病気なのだろうか、お千香はそんな風に考えた。いっそのこと、このまま死ぬのも悪くはない。
定市が来ないときは、日がなボウとして日を過ごすしかすべのない日々にも辟易していたし、男の慰みものになるだけの自分にも嫌気がさしていた。
病で死ぬのなら、それも幸せというものかもしれないと、投げやりに考えた。
それでも、定市は変わらず三日ごとに通ってきて、お千香と臥所を共にする。情事の最中に突然猛烈な吐き気が襲ってくることがあっても、定市は躊躇せずお千香を責め苛んだ。
やはり、この男にとって、自分はただの性欲のはけ口にすぎないのだ。お千香はそのことをやるせなく思った。どうせ端からこの男に優しさなど期待はしていなかったけれど、だだ肉欲のためだけに閉じ込められ、慰みものにされる自分が哀れだと思った。
自分は一体、何のために生まれてきたのだろうか。
そんな想いに囚われることが多くなった。
この頃、お千香は自分が次第に透明になってゆくような気がしている。透明―心が透き通って、自分という人間の存在そのものが無に還ってゆくように思えるのだ。
定市の訪れを待ち、ただ抱かれるだけの日々が続いていた。美濃屋を出てから、既に一年が経とうとしていた。
新年の松の内も明け、正月気分もひと段落したある夜、いつものように定市が訪れた。
待ちかねたようにお千香の帯を解き、着物をはぎ取ってゆく。荒々しく唇を吸われた時、烈しい吐き気が胃の腑の底からせり上がってきた。
お千香は定市の逞しい身体を押しのけ、部屋の隅に這っていった。吐き気は依然として治まらず、お千香は涙目になるまで咳き込み続けた。
「どうした?」
定市が近寄ってきて、お千香の肩に手をかけた。お千香は海老のように背を折り曲げ、ひたすら咳き込み続けている。
「もしや、お前―」
定市は何かを感じたらしい。だが、お千香はそれどころではなく、ただ苦しいばかりであった。
しばらくして漸く吐き気が治まり、お千香は毎度のように定市に抱かれた。その吐き気は頑固にもお千香をそれ以降、しょっちゅう悩ませることになった。
自分はどこか悪いのか、何かの病気なのだろうか、お千香はそんな風に考えた。いっそのこと、このまま死ぬのも悪くはない。
定市が来ないときは、日がなボウとして日を過ごすしかすべのない日々にも辟易していたし、男の慰みものになるだけの自分にも嫌気がさしていた。
病で死ぬのなら、それも幸せというものかもしれないと、投げやりに考えた。
それでも、定市は変わらず三日ごとに通ってきて、お千香と臥所を共にする。情事の最中に突然猛烈な吐き気が襲ってくることがあっても、定市は躊躇せずお千香を責め苛んだ。
やはり、この男にとって、自分はただの性欲のはけ口にすぎないのだ。お千香はそのことをやるせなく思った。どうせ端からこの男に優しさなど期待はしていなかったけれど、だだ肉欲のためだけに閉じ込められ、慰みものにされる自分が哀れだと思った。
自分は一体、何のために生まれてきたのだろうか。
そんな想いに囚われることが多くなった。
この頃、お千香は自分が次第に透明になってゆくような気がしている。透明―心が透き通って、自分という人間の存在そのものが無に還ってゆくように思えるのだ。
