胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第8章 予期せぬ災難
「お前はこういう感じのが気に入ってるのかなと思って、黄楊で拵えてみたんだ。ほら、俺のかんざしを最初に持ってただろう?」
誠吉は泉水の手に夕顔のかんざしをそっと握らせた。
「改めて言うよ。俺の傍にずっと居て欲しい」
「誠吉さん―」
泉水は驚愕に眼を瞠った。
「好きなんだ。お前がどこの誰かなんてことは、俺にはどうでも良い。今の、そのままのお前に惚れたんだ。これから生まれ変わったつもりで、俺と二人で新しく生き直していってくれねえか」
しばらく何も言えなかった。あまりにも思いがけぬ成り行きである。
「誠吉さん、私は、おさよさんではありません」
泉水はふと思った。
もしや、誠吉は自分を失ったという恋人の代わりにしていたのではないか。年格好の似通った泉水の上に亡くなった恋人おさよの面影を重ね合わせているのではないか。そんな気がしてならなかった。
「私は、おさよさんの身代わりではありません。誠吉さんはきっと―」
が、その言葉は突然遮られた。
「おさよの身代わりとは思ってない!」
烈しい声だった。
これまでの誠吉からはおよそ考えられない烈しさに、泉水は一瞬、ビクリと身体を強ばらせた。
「俺はお前を身代わりだなんて、これっぽっちも思っちゃいねえよ。確かに、お前はどここ、おさよに似てる。姿形とかじゃなくて、もっと奥深いところで似てるさ。でも、俺はだからお前に惚れたんじゃねえ。何も思い出せねえ、自分の名前すら判らなくても、お前はいつも一生懸命に生きようとしている。恐らく飯の支度なんぞしたこともねえお嬢さまがそれでも必死で飯を炊き、味噌汁をこしらえてる。どんなことだって、嫌な顔一つせず、くるくる働いてる、そんなお前の姿に惚れたんだ」
誠吉の口調は熱を帯びている。月明かりだけの狭い家の中で、誠吉の顔がまるで別の男のように見える。普段は穏やかな横顔に落ちた翳がその表情をいっそう固く見せていた。それでいて、誠吉のまなざしも物言いも常よりは熱を帯びているようだ。
泉水はいつもとは違う誠吉を怖いと思った。
誠吉は泉水の手に夕顔のかんざしをそっと握らせた。
「改めて言うよ。俺の傍にずっと居て欲しい」
「誠吉さん―」
泉水は驚愕に眼を瞠った。
「好きなんだ。お前がどこの誰かなんてことは、俺にはどうでも良い。今の、そのままのお前に惚れたんだ。これから生まれ変わったつもりで、俺と二人で新しく生き直していってくれねえか」
しばらく何も言えなかった。あまりにも思いがけぬ成り行きである。
「誠吉さん、私は、おさよさんではありません」
泉水はふと思った。
もしや、誠吉は自分を失ったという恋人の代わりにしていたのではないか。年格好の似通った泉水の上に亡くなった恋人おさよの面影を重ね合わせているのではないか。そんな気がしてならなかった。
「私は、おさよさんの身代わりではありません。誠吉さんはきっと―」
が、その言葉は突然遮られた。
「おさよの身代わりとは思ってない!」
烈しい声だった。
これまでの誠吉からはおよそ考えられない烈しさに、泉水は一瞬、ビクリと身体を強ばらせた。
「俺はお前を身代わりだなんて、これっぽっちも思っちゃいねえよ。確かに、お前はどここ、おさよに似てる。姿形とかじゃなくて、もっと奥深いところで似てるさ。でも、俺はだからお前に惚れたんじゃねえ。何も思い出せねえ、自分の名前すら判らなくても、お前はいつも一生懸命に生きようとしている。恐らく飯の支度なんぞしたこともねえお嬢さまがそれでも必死で飯を炊き、味噌汁をこしらえてる。どんなことだって、嫌な顔一つせず、くるくる働いてる、そんなお前の姿に惚れたんだ」
誠吉の口調は熱を帯びている。月明かりだけの狭い家の中で、誠吉の顔がまるで別の男のように見える。普段は穏やかな横顔に落ちた翳がその表情をいっそう固く見せていた。それでいて、誠吉のまなざしも物言いも常よりは熱を帯びているようだ。
泉水はいつもとは違う誠吉を怖いと思った。