
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第9章 驟雨
その夜になった。
泉水の心尽くしの手料理が小さな飯台の上に並び、誠吉は大根の煮付けをさも美味げに平らげた。泉水は誠吉が鰯の焼いたのやら、大根の煮付けやらを旺盛な食欲で平らげるのを向かいでぼんやりと見ていた。
どうも最近、ここ十日ばかりもの間、誠吉は妙だった。二人の関係は表面は何事もなかったかのように穏やかで、適度な距離を保った親密さがある。だが、十日前の誠吉の告白以来、何かが変わった。
何がどう変わったかとは泉水自身もはきとは言えないけれど、誠吉の態度はあまりにも不自然だ。これまでと変わらぬように明るく屈託ないかと思えば、泉水がふと振り向くと、強い視線で見つめている。思い詰めたような眼でじいっと見つめられると、泉水はその場から逃げ出したいような衝動に駆られた。
あまりにも真剣すぎる瞳を、怖いと思う。
そんな眼をして見つめられることが日に何度となくあった。今日の夕刻も誠吉は八百屋まで買い物に出た泉水を迎えにきてくれた。急な驟雨で難儀していたところで、正直、ホッとしたし、嬉しかった。
長屋の木戸口近くまで雨の中を駆けてきて、向こうから傘を差して歩いてくる誠吉と出逢った。安堵のあまり、思わず子どものようにはしゃいで誠吉の傘に飛び込んだ。
が、途中から誠吉は急に黙り込み、不機嫌になった。泉水は何が誠吉を怒らせてしまったのかよく判らず、途方に暮れたものだ。
それで、つい誠吉に〝怖い〟と言ってしまったのだが、あれが余計にいけなかったのだろうか。だが、泉水が胸の内を訴えると、誠吉はいつもの優しい彼に戻った。
―今日のおかずは何かな?
笑顔で問われ、泉水は胸を撫で下ろしたのだ。
それでも、誠吉はやはり、どこか変だった。 誠吉の強い視線を今日はいつもより殊更意識しなければならないような気がする。
でも、どうして、誠吉はあんな怖い眼をして自分を見るのだろう。まるで咎められているような、監視されているような心持ちになり、居たたまれなくなってしまうのに。
結局、折角迎えにきてくれたというのに、家までのわずかな道のりの間、二人の間には気まずい沈黙がずっと漂っていたままだった。
泉水の心尽くしの手料理が小さな飯台の上に並び、誠吉は大根の煮付けをさも美味げに平らげた。泉水は誠吉が鰯の焼いたのやら、大根の煮付けやらを旺盛な食欲で平らげるのを向かいでぼんやりと見ていた。
どうも最近、ここ十日ばかりもの間、誠吉は妙だった。二人の関係は表面は何事もなかったかのように穏やかで、適度な距離を保った親密さがある。だが、十日前の誠吉の告白以来、何かが変わった。
何がどう変わったかとは泉水自身もはきとは言えないけれど、誠吉の態度はあまりにも不自然だ。これまでと変わらぬように明るく屈託ないかと思えば、泉水がふと振り向くと、強い視線で見つめている。思い詰めたような眼でじいっと見つめられると、泉水はその場から逃げ出したいような衝動に駆られた。
あまりにも真剣すぎる瞳を、怖いと思う。
そんな眼をして見つめられることが日に何度となくあった。今日の夕刻も誠吉は八百屋まで買い物に出た泉水を迎えにきてくれた。急な驟雨で難儀していたところで、正直、ホッとしたし、嬉しかった。
長屋の木戸口近くまで雨の中を駆けてきて、向こうから傘を差して歩いてくる誠吉と出逢った。安堵のあまり、思わず子どものようにはしゃいで誠吉の傘に飛び込んだ。
が、途中から誠吉は急に黙り込み、不機嫌になった。泉水は何が誠吉を怒らせてしまったのかよく判らず、途方に暮れたものだ。
それで、つい誠吉に〝怖い〟と言ってしまったのだが、あれが余計にいけなかったのだろうか。だが、泉水が胸の内を訴えると、誠吉はいつもの優しい彼に戻った。
―今日のおかずは何かな?
笑顔で問われ、泉水は胸を撫で下ろしたのだ。
それでも、誠吉はやはり、どこか変だった。 誠吉の強い視線を今日はいつもより殊更意識しなければならないような気がする。
でも、どうして、誠吉はあんな怖い眼をして自分を見るのだろう。まるで咎められているような、監視されているような心持ちになり、居たたまれなくなってしまうのに。
結局、折角迎えにきてくれたというのに、家までのわずかな道のりの間、二人の間には気まずい沈黙がずっと漂っていたままだった。
