
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第9章 驟雨
―駄目だ、思い出せない。いつさっきまで、あれほど鮮明に色々な場面を思い浮かべることができたのに、もう何も浮かんでこない。もつれた糸が解けるように、するすると記憶がほどけて一本の糸になりそうな気がしたのに、また、どこかで絡まってしまったようだ。
「あ―」
泉水は唇を噛みしめた。情けなさと悔しさで、涙が溢れそうになる。
ただ、いつもなら、ここまで無理に思い出そうとすると決まって頭が痛み出すのに、今夜は何も起きなかった。
何かが、何かが違ってきているような気がする。待ち続けていたものがすぐそこまで来ているような予感がする。
それなのに、あと一歩というところで、手が届かない。
泉水がうつむいて涙をこらえていると、誠吉が静かに言った。
「あまり無理をするな。また、具合が悪くなっちまうぞ」
誠吉の声は固かった。
泉水は何気なしに顔を上げ、愕然とした。 誠吉の強い眼が泉水を射貫くように見据えている。思い詰めた色、怖いほどの真剣さを宿したまなざしに射竦められてしまう。
怖い―、泉水は咄嗟に思った。
「おさよ、そろそろ返事を聞かせちゃくれねえか」
唐突に言われ、泉水は眼を見開いた。
「あの、私」
泉水は口ごもった。まさか今夜、返事を求められるとは考えていなかったのだ。
泉水は眼を瞑り、しばらく考えた。
いや、返事は最初から決まっていたのではないか。その応えから泉水自身が眼を背けていただけにすぎない。生命の恩人であり、兄のように慕わしさを感じていた誠吉を落胆させるような返事しかできないことを後ろめたく思って、返事を先延ばしにしていただけ。 泉水の中で、応えはもうとっくに出ていた。 泉水は眼を開き、泉水は誠吉を真っすぐ見つめた。
「ごめんなさい、私はやっぱり誠吉さんとは一緒になれません」
「どうしてなんだ?」
低い声に、泉水はたじろいだ。
「どうして、俺じゃあ駄目なんだ」
泉水はいまだに夜毎見る夢を思い出した。闇の向こうから自分を呼び続ける声、自分を探し続ける人を思った。
「あ―」
泉水は唇を噛みしめた。情けなさと悔しさで、涙が溢れそうになる。
ただ、いつもなら、ここまで無理に思い出そうとすると決まって頭が痛み出すのに、今夜は何も起きなかった。
何かが、何かが違ってきているような気がする。待ち続けていたものがすぐそこまで来ているような予感がする。
それなのに、あと一歩というところで、手が届かない。
泉水がうつむいて涙をこらえていると、誠吉が静かに言った。
「あまり無理をするな。また、具合が悪くなっちまうぞ」
誠吉の声は固かった。
泉水は何気なしに顔を上げ、愕然とした。 誠吉の強い眼が泉水を射貫くように見据えている。思い詰めた色、怖いほどの真剣さを宿したまなざしに射竦められてしまう。
怖い―、泉水は咄嗟に思った。
「おさよ、そろそろ返事を聞かせちゃくれねえか」
唐突に言われ、泉水は眼を見開いた。
「あの、私」
泉水は口ごもった。まさか今夜、返事を求められるとは考えていなかったのだ。
泉水は眼を瞑り、しばらく考えた。
いや、返事は最初から決まっていたのではないか。その応えから泉水自身が眼を背けていただけにすぎない。生命の恩人であり、兄のように慕わしさを感じていた誠吉を落胆させるような返事しかできないことを後ろめたく思って、返事を先延ばしにしていただけ。 泉水の中で、応えはもうとっくに出ていた。 泉水は眼を開き、泉水は誠吉を真っすぐ見つめた。
「ごめんなさい、私はやっぱり誠吉さんとは一緒になれません」
「どうしてなんだ?」
低い声に、泉水はたじろいだ。
「どうして、俺じゃあ駄目なんだ」
泉水はいまだに夜毎見る夢を思い出した。闇の向こうから自分を呼び続ける声、自分を探し続ける人を思った。
