胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第9章 驟雨
「なあ、お前は俺のことをどう思ってるんだ?」
暗い情熱を宿した瞳で見つめられ、泉水は視線を逸らした。
「おさよは俺が嫌いか?」
矢継ぎ早に問われ、まるで追い詰められ逃げ場を失った野兎のように身を縮める。
「私は、おさよさんではありません」
小さな声で言うと、誠吉が再び声を荒げた。
「俺はお前の兄さんなんかじゃねえんだよッ。惚れてるんだって何度言ったら、判るんだ。兄貴とかそんなんじゃなくて、男として見てくれと言ってるんだ」
その場に押し倒され、泉水は身を固くした。
懸命に抗うが、逞しい力で押さえ込まれ、身動きもできない。覆い被さってきた誠吉の顔が迫ってくる。一度目は顔を背けていたせいで、誠吉の唇は頬に当たった。焦れた誠吉が両手で泉水の顔を掴み、唇を塞いだ。
押さえつけられての口づけは、泉水に屈辱感と嫌悪感しかもたらさなかった。
「いやーっ」
泉水は渾身の力で誠吉の身体を押した。
弾みで誠吉の身体が揺れ、離れる。その一瞬、泉水は急いで誠吉から逃れた。
「おさよッ、待て、待ってくれ」
誠吉の呼び声が聞こえていたけれど、泉水は構わずに三和土に飛び降り、腰高障子を開けた。
「おさよ、行くな」
誠吉の声を背に、泉水は裸足であることも厭わず、外に走り出た。
涙が止まらなかった。生命を救ってくれた誠吉、優しい男気のある男だと心から信じていた。その誠吉にまさか手込めにされそうになるとは考えだにしなかったのだ。
立ち止まれば、誠吉が追いかけてきて連れ戻されそうで、泉水は息の続く限り走った。
あれほど降っていた雨は、いつしか止んでいた。
雨上がりの夜は涼やかであった。
いかほど走ったであろうか、流石に息が上がり走れなくなったところで、立ち止まった。荒い息を吐きながら周囲を改めて見回すと、小さな橋が手前に見えた。どうやら、この辺りは静かなお屋敷町のようだ。
武家屋敷の塀が人気のない小路沿いにずっと続いている。
小さな橋のたもとに桜の大木がひっそりと佇み、黒々とした影が川面に落ちて更に濃い闇を作っていた。
暗い情熱を宿した瞳で見つめられ、泉水は視線を逸らした。
「おさよは俺が嫌いか?」
矢継ぎ早に問われ、まるで追い詰められ逃げ場を失った野兎のように身を縮める。
「私は、おさよさんではありません」
小さな声で言うと、誠吉が再び声を荒げた。
「俺はお前の兄さんなんかじゃねえんだよッ。惚れてるんだって何度言ったら、判るんだ。兄貴とかそんなんじゃなくて、男として見てくれと言ってるんだ」
その場に押し倒され、泉水は身を固くした。
懸命に抗うが、逞しい力で押さえ込まれ、身動きもできない。覆い被さってきた誠吉の顔が迫ってくる。一度目は顔を背けていたせいで、誠吉の唇は頬に当たった。焦れた誠吉が両手で泉水の顔を掴み、唇を塞いだ。
押さえつけられての口づけは、泉水に屈辱感と嫌悪感しかもたらさなかった。
「いやーっ」
泉水は渾身の力で誠吉の身体を押した。
弾みで誠吉の身体が揺れ、離れる。その一瞬、泉水は急いで誠吉から逃れた。
「おさよッ、待て、待ってくれ」
誠吉の呼び声が聞こえていたけれど、泉水は構わずに三和土に飛び降り、腰高障子を開けた。
「おさよ、行くな」
誠吉の声を背に、泉水は裸足であることも厭わず、外に走り出た。
涙が止まらなかった。生命を救ってくれた誠吉、優しい男気のある男だと心から信じていた。その誠吉にまさか手込めにされそうになるとは考えだにしなかったのだ。
立ち止まれば、誠吉が追いかけてきて連れ戻されそうで、泉水は息の続く限り走った。
あれほど降っていた雨は、いつしか止んでいた。
雨上がりの夜は涼やかであった。
いかほど走ったであろうか、流石に息が上がり走れなくなったところで、立ち止まった。荒い息を吐きながら周囲を改めて見回すと、小さな橋が手前に見えた。どうやら、この辺りは静かなお屋敷町のようだ。
武家屋敷の塀が人気のない小路沿いにずっと続いている。
小さな橋のたもとに桜の大木がひっそりと佇み、黒々とした影が川面に落ちて更に濃い闇を作っていた。