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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第9章 驟雨

 それから数日後。
 榊原屋敷の奥向き、泉水の部屋の縁に座り、泉水は庭を見ていた。
 庭に面した障子戸はすべて開け放っている。九月に入り、江戸は日毎に秋の気配を濃くしていた。小庭のささやかな池には薄紅色の睡蓮の花が幾つも浮かんでいる。
 昼間だというのに、草原で鳴く虫の声が低くかすかに響いていた。
 時折吹き込んでくる風にも秋の気配が潜んでいる。
 ひと月余り前、泉水が事故に遭った日を境に、この榊原家は大騒動になった。何しろ、当主泰雅の正室が突如として屋敷から姿を消したまま、ゆく方不明になったのだ。
 仮にも榊原五千石の体面にも拘わることでもあり、奥方失跡は極秘裏に伏せられ、榊原家家中でひそかに探索が続けられた。当主の泰雅自らも江戸市中に出て心当たりを方々手を尽くして探し回ったものの、一向に泉水のゆく方は知れなかった。
 榊原家の内室はそれこそ雲か霞のように忽然と消えてしまったのだ。泉水が無断で屋敷を抜け出していることを知らぬ泰雅ではなかったが、見て見ぬふりをしていたがかえって仇になった。
―あのお転婆姫にじっと屋敷にこもってろと言う方が土台無理というもの。
 なぞと、泉水に甘すぎたのがかえって裏目に出た結果となった。これまでにも泉水が乳母時橋の眼を盗んで町に出ていたことは度々あったけれど、出たきりで帰ってこなかったなどということはない。
 泉水が帰らぬまま数日が過ぎるに及び、泰雅は泉水が何かの事件か事故に巻き込まれたのだと確信した。泉水の父、勘定奉行槙野源太夫にも事の次第を知らせ、重々詫びた上で、ひそかに探索の協力を依頼した。
 源太夫はかつて町奉行を務めたこともあり、町方には顔がきく。奉行所の方も定町廻り、臨時廻り同心を使い、江戸の町をしらみつぶしに当たった。それでも、泉水の居所は依然として不明のままであった。
 それがひと月近く経った頃、南町の岡っ引きで元治という老齢の岡っ引きが町人町の外れの裏店に泉水らしい女がいるとの情報を漸く掴んできた。元治は〝スッポンの元治〟という異名を取る凄腕の岡っ引きで、お上から十手を預かって、かれこれ三十年になるという熟練した親分だ。

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