胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第9章 驟雨
その名のとおり、これと目星をつけた下手人にはスッポンのように喰らいつき、一度喰らいついたら放さないというので、この名で呼ばれるようになった。しかし、普段は極めて情のある男で、どんな下手人にも縄をかける前には、必ず一度自首を勧めるという。自らの罪を認めて出頭すれば、お白州で情状酌量で罪が軽減される可能性があるゆえであった。
榊原の屋敷から町人町までは、徒歩(かち)でも知れている。そのような近くにいながら、何ゆえ泉水の居場所が掴めなかったのか疑問にも思われたけれど、多くの砂粒に紛れてしまえば、ひと粒の砂金を探し出すのは難しい。
それと同じ理屈で、あれほど多くの同心や岡っ引きを総動員しながらも泉水の所在を突き止めるのに手間取ったのだ。また、泉水を助けた錺職人の誠吉が用心して、泉水をなるたけ外に出さぬようにしていたことも発見を遅らせる一因にはなったようだ。
同じ裏店に住む住人でさえ、医者の伊東宗竹は除いて泉水の顔を見た者は少ない。ただ誠吉が大怪我をした若い女を連れ帰り、面倒を見ていた事実を知るのみであった。
泉水は屋敷に帰ってきても、泰雅には誠吉や誠吉と過ごした一ヶ月間について多くを語らなかった。ただ瀕死の重傷を負った泉水を誠吉が助けてくれたのだとしか告げなかった。
泰雅もまた、その間のことについては何も訊ねようとしない。仮にも良人を持つ女が他の男と一つ屋根の下でひと月もの間共に暮らしたのだ。泰雅の立場からすれば疑おうと思えばいくらでも疑えるはずではあった。現に、家臣たちの中には、泉水と誠吉の仲を勘ぐる者もいたのである。が、泰雅は泉水を心底から信じているようであった。泉水は、そんな泰雅の態度に、潔い男らしさを見たような気がして、泰雅という男の新たな一面を知った。
何より、誠吉との間を疑われても仕方がない状況でありながら、泰雅が良人として泉水を信頼してくれたことが嬉しかった。
泉水はふと思いついて頭に手を伸ばした。
夕顔の簪をそっと抜き取る。
五千石取りの旗本の奥方が身につけるには少々地味すぎるけれど、泉水にとっては大切な想い出の品であった。けして異性に対する感情ではなかったが、誠吉には兄のような親しみを抱いていたことは確かだった。
榊原の屋敷から町人町までは、徒歩(かち)でも知れている。そのような近くにいながら、何ゆえ泉水の居場所が掴めなかったのか疑問にも思われたけれど、多くの砂粒に紛れてしまえば、ひと粒の砂金を探し出すのは難しい。
それと同じ理屈で、あれほど多くの同心や岡っ引きを総動員しながらも泉水の所在を突き止めるのに手間取ったのだ。また、泉水を助けた錺職人の誠吉が用心して、泉水をなるたけ外に出さぬようにしていたことも発見を遅らせる一因にはなったようだ。
同じ裏店に住む住人でさえ、医者の伊東宗竹は除いて泉水の顔を見た者は少ない。ただ誠吉が大怪我をした若い女を連れ帰り、面倒を見ていた事実を知るのみであった。
泉水は屋敷に帰ってきても、泰雅には誠吉や誠吉と過ごした一ヶ月間について多くを語らなかった。ただ瀕死の重傷を負った泉水を誠吉が助けてくれたのだとしか告げなかった。
泰雅もまた、その間のことについては何も訊ねようとしない。仮にも良人を持つ女が他の男と一つ屋根の下でひと月もの間共に暮らしたのだ。泰雅の立場からすれば疑おうと思えばいくらでも疑えるはずではあった。現に、家臣たちの中には、泉水と誠吉の仲を勘ぐる者もいたのである。が、泰雅は泉水を心底から信じているようであった。泉水は、そんな泰雅の態度に、潔い男らしさを見たような気がして、泰雅という男の新たな一面を知った。
何より、誠吉との間を疑われても仕方がない状況でありながら、泰雅が良人として泉水を信頼してくれたことが嬉しかった。
泉水はふと思いついて頭に手を伸ばした。
夕顔の簪をそっと抜き取る。
五千石取りの旗本の奥方が身につけるには少々地味すぎるけれど、泉水にとっては大切な想い出の品であった。けして異性に対する感情ではなかったが、誠吉には兄のような親しみを抱いていたことは確かだった。