
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第10章 幻
無理に屋敷の中に閉じ込めようとすれば、かえって反抗して外へ飛び出そうとするだろう。泰雅としては妻を屋敷の奥に閉じ込め、他の男の眼になぞ一切触れさせたくはない、自分一人のものにだけにしておきたいと思うのだが、そんなわけにはゆかない。
第一、はねっ返りのじゃじゃ馬姫をずっと縛りつけておくことなど誰にもできないし、また、泰雅自身も泉水のそういった伸びやかさ、風のように軽やかに吹き抜けてゆくような溌剌さを愛している。
確かに良人としては、いつも心配させられっ放しではあるけれど、太陽のように眩しい笑みを向けられると、どうしても泉水の持つその明るさを奪いたくはないと思ってしまう。泉水としても、もう二度と泰雅に心配はかけたくないから、町へ出る際は極力用心に用心を重ねるように心がけていた。
今日の泉水のいで立ちは、むろん、例の若衆姿である。淡紅色の小袖に濃紫の袴、艶やかな黒髪を頭頂部で一つに結わえている。一見すると、小柄で華奢な少年のように見えなくもない。
腰にはやや小さめではあるが、刀をはいている。これは、荷車に轢かれるという事故の後、屋敷に帰ってきた泉水のために、泰雅がわざわざ作らせたものだ。女性の手にも扱い易いように小ぶりで、鞘や柄(つか)の部分に精緻な蒔絵細工が施されている。鞘には戯れ飛ぶ二羽の蝶、柄の方に咲き誇る牡丹の花が描かれている。
たとえ小さくとも、ひとたび鞘から抜けば、その刀身は澄んだ煌きを放ち、それが単なる飾り太刀ではないことを雄弁に物語っている。このひとふりの刀を手渡した時、泰雅は言ったものだ。
―町へ出るときには、これを持って行くと良い。俺がいつも傍についてやって、お前を守ってやれれば良いのだが、そのようなわけにもゆかぬ。もし、自分の身に災いが降りかかったり、危険だと感じたときには、これを使うのだぞ。きっと、そなたを守ってくれるであろう。
泉水はかつて町の道場に繁く通い、一刀流の免許皆伝の腕を持つ。たとえ腕力では男に敵わずとも、剣さえあれば互角どころか、並の男など容易く打ち負かせる。泉水は泰雅の気遣いを心底嬉しく思った。
第一、はねっ返りのじゃじゃ馬姫をずっと縛りつけておくことなど誰にもできないし、また、泰雅自身も泉水のそういった伸びやかさ、風のように軽やかに吹き抜けてゆくような溌剌さを愛している。
確かに良人としては、いつも心配させられっ放しではあるけれど、太陽のように眩しい笑みを向けられると、どうしても泉水の持つその明るさを奪いたくはないと思ってしまう。泉水としても、もう二度と泰雅に心配はかけたくないから、町へ出る際は極力用心に用心を重ねるように心がけていた。
今日の泉水のいで立ちは、むろん、例の若衆姿である。淡紅色の小袖に濃紫の袴、艶やかな黒髪を頭頂部で一つに結わえている。一見すると、小柄で華奢な少年のように見えなくもない。
腰にはやや小さめではあるが、刀をはいている。これは、荷車に轢かれるという事故の後、屋敷に帰ってきた泉水のために、泰雅がわざわざ作らせたものだ。女性の手にも扱い易いように小ぶりで、鞘や柄(つか)の部分に精緻な蒔絵細工が施されている。鞘には戯れ飛ぶ二羽の蝶、柄の方に咲き誇る牡丹の花が描かれている。
たとえ小さくとも、ひとたび鞘から抜けば、その刀身は澄んだ煌きを放ち、それが単なる飾り太刀ではないことを雄弁に物語っている。このひとふりの刀を手渡した時、泰雅は言ったものだ。
―町へ出るときには、これを持って行くと良い。俺がいつも傍についてやって、お前を守ってやれれば良いのだが、そのようなわけにもゆかぬ。もし、自分の身に災いが降りかかったり、危険だと感じたときには、これを使うのだぞ。きっと、そなたを守ってくれるであろう。
泉水はかつて町の道場に繁く通い、一刀流の免許皆伝の腕を持つ。たとえ腕力では男に敵わずとも、剣さえあれば互角どころか、並の男など容易く打ち負かせる。泉水は泰雅の気遣いを心底嬉しく思った。
