
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第1章 《槇野のお転婆姫》
「まさか、この男が」
秋月が呟く。
「秋月さま、ここはひとまず事を荒立てぬのが得策かと存じますが」
もう一人が言い、秋月はいかにも悔しげに唇を噛んだ。
「運の良い奴だ」
秋月は道端に唾棄すると、泉水を憎悪に燃える眼で見つめた。
「娘、そなたのことは諦めぬ。いずれ、またあいまみえることになろうぞ」
言い捨てると、数人の取り巻きを連れ、肩で風を切って歩き去っていった。
旗本奴たちの姿が小路の角を曲がったのを見届け、若い武士は笑顔で町人の親子に言った。
「怖い想いをしただろうが、もう心配ねえ。気をつけて帰りな」
母子は男と泉水に何度も礼を述べ頭を下げて去っていった。
「たまらねえな、あの色気。一体、どこの内儀だろうな」
若い武士は何とも場違いなことをのたまっている。泉水は眼を見開いて男を見つめた。
どうやら秋月の倅は、この男の正体に心当たりがあったらしい。まともに相手にするにはまずい人物だと判断し、この場は退いたのだろう。
歳は二十五、六だろうか。涼しげな顔立ちの美男である。とはいえ軟弱な印象はなく、貴公子然としながら、同時に精悍さをも持ち合わせており、泉水でさえ思わず見惚れてしまうほど魅力的な男であった。
しかし、色気のある内儀とその幼い息子が消えた方をうっとりと見るその横顔は、どう見ても女たらしにしか見えない。が、彼を取り巻くその飄々とした雰囲気のせいか、不思議と憎めない。
「助けて頂いて、ありがとうございました」
泉水が頭を下げると、男は破顔した。
「それにしても威勢が良いな」
「―」
揶揄するように言われ、泉水はうす赤くなった。何故だろう、この男に見つめられているのかと思うと、身体が熱くなる。
「だが、今度からは喧嘩の相手は少し選ぶ必要がありそうだな。あの母子を助けたい一心だったお前さんの気持ちは判るが、あんな奴らを相手にお前さんのような娘一人でかかっていって、勝てるわけがなかろうに」
泉水は唇を噛み、うつむいた。
秋月が呟く。
「秋月さま、ここはひとまず事を荒立てぬのが得策かと存じますが」
もう一人が言い、秋月はいかにも悔しげに唇を噛んだ。
「運の良い奴だ」
秋月は道端に唾棄すると、泉水を憎悪に燃える眼で見つめた。
「娘、そなたのことは諦めぬ。いずれ、またあいまみえることになろうぞ」
言い捨てると、数人の取り巻きを連れ、肩で風を切って歩き去っていった。
旗本奴たちの姿が小路の角を曲がったのを見届け、若い武士は笑顔で町人の親子に言った。
「怖い想いをしただろうが、もう心配ねえ。気をつけて帰りな」
母子は男と泉水に何度も礼を述べ頭を下げて去っていった。
「たまらねえな、あの色気。一体、どこの内儀だろうな」
若い武士は何とも場違いなことをのたまっている。泉水は眼を見開いて男を見つめた。
どうやら秋月の倅は、この男の正体に心当たりがあったらしい。まともに相手にするにはまずい人物だと判断し、この場は退いたのだろう。
歳は二十五、六だろうか。涼しげな顔立ちの美男である。とはいえ軟弱な印象はなく、貴公子然としながら、同時に精悍さをも持ち合わせており、泉水でさえ思わず見惚れてしまうほど魅力的な男であった。
しかし、色気のある内儀とその幼い息子が消えた方をうっとりと見るその横顔は、どう見ても女たらしにしか見えない。が、彼を取り巻くその飄々とした雰囲気のせいか、不思議と憎めない。
「助けて頂いて、ありがとうございました」
泉水が頭を下げると、男は破顔した。
「それにしても威勢が良いな」
「―」
揶揄するように言われ、泉水はうす赤くなった。何故だろう、この男に見つめられているのかと思うと、身体が熱くなる。
「だが、今度からは喧嘩の相手は少し選ぶ必要がありそうだな。あの母子を助けたい一心だったお前さんの気持ちは判るが、あんな奴らを相手にお前さんのような娘一人でかかっていって、勝てるわけがなかろうに」
泉水は唇を噛み、うつむいた。
