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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第11章 花

 泉水の実家槇野家には現在、三歳になる嫡男虎松丸がいる。この幼い弟は父が三年前に側室との間に儲けた異腹の弟になる。虎松を生んだ生母深雪の方は去年の秋、父源太夫と正式な祝言を挙げ、正室となった。しかし、この虎松の誕生まで、槇野家はずっと男子不在であった。
 泉水の母である最初の正室貴美子は泉水が五歳のときに亡くなり、泉水が槇野家のただ一人の姫であった。そのため、堀田家より次男の祐次郎を婿に迎えた上で、跡目をと話が決まっていたのだが、これは祐次郎の早世で実現することはなかった。
 祐次郎の死後、末を言い交わした相手の男を取り殺す物の怪憑きの姫―なぞという、忌まわしき噂が流れ、縁談も来ず、源太夫は一人娘の将来を憂えていたのだ。幸いにも泉水は榊原泰雅という生涯の伴侶に恵まれ、槇野家も新たに嫡男誕生という歓びに恵まれた。
 当主の身に万が一のことあらば、その家は即刻断絶、お取り潰しになり、結果、多くの家臣たちは禄を失い、路頭に迷うことになる。脇坂倉之助の言い分は、もっともといえた。
「お方さま、そのような悠長なことを―」
 顔色を変える時橋に、泉水は微笑む。
「私の気持ちを思いやってくれるそなたの心遣いは嬉しい。しかしながら、脇坂の申すごとく、お世継の誕生を一日千秋の想いで待ち侘びる者たちの気持ちもまた、判らぬでもない」
 泉水は倉之助を見た。
「その話―、殿にお側女をお勧めするという話は、もう具体的になっておるのか?」
「されば、ここはまずは、お方さまのご承諾を得た上でと我ら家臣一同を代表し、この私がまかり越しました次第。もし、お方さまにこの話を進めても良いとお許し頂けるならば、早速、殿に言上する手筈になっておりまする」
「そうか、殿よりも先に私に知らせてくれた、そちたちの心遣いを嬉しく思うぞ。私には異存のあろうはずはない。何より、殿のおんため、お家のためじゃ」
「お方さま!!」
 時橋が蒼白になった。が、泉水は平然としている

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