胡蝶の夢～私の最愛～⑪【夢路・ゆめじ】
第11章 花
倉之助が平伏した。
「流石は槙野さまのご息女だけはおありにならるると、この倉之助、感服仕りました。何しろ、すみやかにお世継をあげるには身体健康で、しかも眉目良き若い娘でなければなりませぬ。その上で、氏素性の正しき家の娘を探さねばなりませぬから。万が一、ご世嗣のご生母さまとなるお方がどこの馬の骨とも知れぬ卑しき身ではちと問題でこざいますゆえ。お方さまにお仕えする腰元どもは、いずれも親許は確かであり、美しく心映えも優れた、より抜きの娘たちばかりにて、いずれの者かをご推挙下されば―」
「脇坂どの！ これ以上のご無礼は、たとえ奥方さまがお許しになっても、この私が許しませぬ。さあ、ご用が済んだならば、疾くお戻りになられるが良い」
時橋が怒りに震える声を上げた。そのあまりの見幕に流石の脇坂も恐懼したようである。
「それでは、これにて失礼致しまする」
這々の体で去ってゆくのに、泉水は肩をすくめた。
「何も、あのように当たり散らすこともあるまい。脇坂は、あれであれなりに殿やお家のことを考えておるのじゃ」
「私は何も当たり散らしてなぞおりませぬ。女子をあたかも子を生むための道具のようにしか申さぬ男の身勝手さに腹を立てておるだけにござります。あのような、女の心を端から無視した物言いは断じて許せませぬ」
「まあ、そう怒るでない。殿にご侍妾をという話をあらかじめ先に私に通してくれただけでも、まだしも良かったのではないか。これが後先になっていたら、私も口惜しかったろうが」
泰雅がひそかに寵愛する女に子を生ませたという事実無根の噂が流れた時、泉水は大きな衝撃を受けた。それは、その噂の内容もさることながら、そのような大切なことを泰雅が最後まで自分に隠し通していた―むしろ、そのことで、裏切られたという想いがしてならなかった。
そんな大切なことを他人から、しかも噂という形で知ったことが心底情けなかったのだ。少なくとも、脇坂倉之助を初めとする榊原家の重臣たちは泉水を正室として重んじ、その立場を尊重してくれている。それが、せめてもの救いであった。
「流石は槙野さまのご息女だけはおありにならるると、この倉之助、感服仕りました。何しろ、すみやかにお世継をあげるには身体健康で、しかも眉目良き若い娘でなければなりませぬ。その上で、氏素性の正しき家の娘を探さねばなりませぬから。万が一、ご世嗣のご生母さまとなるお方がどこの馬の骨とも知れぬ卑しき身ではちと問題でこざいますゆえ。お方さまにお仕えする腰元どもは、いずれも親許は確かであり、美しく心映えも優れた、より抜きの娘たちばかりにて、いずれの者かをご推挙下されば―」
「脇坂どの！ これ以上のご無礼は、たとえ奥方さまがお許しになっても、この私が許しませぬ。さあ、ご用が済んだならば、疾くお戻りになられるが良い」
時橋が怒りに震える声を上げた。そのあまりの見幕に流石の脇坂も恐懼したようである。
「それでは、これにて失礼致しまする」
這々の体で去ってゆくのに、泉水は肩をすくめた。
「何も、あのように当たり散らすこともあるまい。脇坂は、あれであれなりに殿やお家のことを考えておるのじゃ」
「私は何も当たり散らしてなぞおりませぬ。女子をあたかも子を生むための道具のようにしか申さぬ男の身勝手さに腹を立てておるだけにござります。あのような、女の心を端から無視した物言いは断じて許せませぬ」
「まあ、そう怒るでない。殿にご侍妾をという話をあらかじめ先に私に通してくれただけでも、まだしも良かったのではないか。これが後先になっていたら、私も口惜しかったろうが」
泰雅がひそかに寵愛する女に子を生ませたという事実無根の噂が流れた時、泉水は大きな衝撃を受けた。それは、その噂の内容もさることながら、そのような大切なことを泰雅が最後まで自分に隠し通していた―むしろ、そのことで、裏切られたという想いがしてならなかった。
そんな大切なことを他人から、しかも噂という形で知ったことが心底情けなかったのだ。少なくとも、脇坂倉之助を初めとする榊原家の重臣たちは泉水を正室として重んじ、その立場を尊重してくれている。それが、せめてもの救いであった。
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