テキストサイズ

胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第11章 花

 その泰雅の心を、心底嬉しいと思う。しかし、今、泉水の心の片隅に灼きついて離れない面影がある。それは、言わずと知れた謎の僧徳円の存在だ。あの美僧がそも何者なのか。その疑問は日毎に膨らんで、今や無視することはできぬほどになっている。
 八年前、死んだはずの祐次郎が生きていて、今になって泉水の前に姿を現す道理がない。ないはずなのに、そのあるはずもない一縷の可能性を信じたいと願う自分がどこかにいる。
 そして、現実として、あの徳円という僧の面差しは他人の空似といった偶然や、単なる笑い話では済まされないほど、亡き祐次郎に似ている。それに、あの言葉―、
―それにしても、相変わらずのお転婆姫ぶりにございますな。ご夫君の榊原さまは、いつも気が気ではございませんでしょうが、私は変わらぬ姫の姿を拝見し、嬉しうございましたよ。
 あのひと言は、いかにも意味ありげに思える。
 泉水と全く拘わりのない人間、もしくは昔の泉水を知らぬ人間が口にするものではない。もっとも、祐次郎の名を騙り、泉水を欺こうとする者ならば、そのような科白を吐くことも十分考えられる。しかし、あの徳円が今更、そんな真似をして、何になる? それに、それだけでは解決できない、あまりにも祐次郎に酷似した面立ち―。
 が、このようなことを考えること自体が良人への許されぬ裏切り行為ではあるまいか。泉水ただ一人しか要らぬと、心から泉水を求め必要としてくれる泰雅への背徳行為になるのではないか。そう思いながら、なおも消すことのできぬ、忘れ去ることのできぬ徳円への複雑な想いがある。
 めぐる想いに応えはない。悶々とそんなことを考えている中に、いつしか浅い眠りに落ちていたようであった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ