胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第12章 幻花(げんか)
《巻の参―幻(げん)花(か)―》
夢を見ていた。
満開の花―、ほのかに紅に染まった花々の下で誰かが舞っている。風もないのに、はらはらと時折、散り零れる花びら。
そっと掌(たなごころ)をかざすと、音もなく、ひとひらの花びらが舞い降りる。
―ああ、何てきれいなのだろう。
思わず感嘆の吐息が洩れる。と、手のひらに舞い降りた花片が冷たさを持っていることに気付く。花びらが冷たい。愕いて見ると、桜の花びらかと思ったそれは、雪だった。
はらはら、はらはら、桜の花びらが舞う。
ひらひら、ひらひら、雪の花びらが舞う。
頭上で舞い踊るのが桜なのか、雪なのか、泉水には判らない。咲き誇る花の下で、その人は花びらと戯れ合うかのように、舞う。
はらはら、ひらひら、花びらと一体と化したかのように舞い踊る。
あれは、一体 、誰なのだろう。
花の精、それとも雪の精?
純白の小袖を身に纏い、華麗に、けれども何ものかに憑かれたかのように踊り狂う。
その時、ずっと背を向けていたその人がつと振り向いた。
泉水は、あっと声を上げる。
女(おみな)の面をつけた人間が佇んでいた。まるで影のようにひっそりと、月明かりがその人の姿を浮かび上がらせている。満開の桜の上に、眉月が浮かんでいる。
今宵は月夜なのだな、と、ぼんやりと考える。だが、細い女人の眉のような月はおぼろに滲んでいる。それが、どこか、この風景を現ならぬ、ひどく現実感のないものに見せていた。
一陣の風が吹き抜ける。ゴォーと唸りを上げながら吹き抜けてゆく風に巻き上げられ、薄紅色の花が散る、散る。泉水は降り注ぐ花びらを浴びて、その場に立っていた。そして、ハッと気付く。いつしか花びらがまた、雪に変化(へんげ)していた。
降りしきる雪が泉水の髪に、肩に降り積む。
その人もまた、雪の花びらをその身に浴びて佇んでいる。あの面の下には、どんな素顔が隠されているというのだろう。見たい、見てみたい。その想いに突き動かされ、泉水が手を伸ばそうとした拍子に、周囲の風景が暗転した。
夢を見ていた。
満開の花―、ほのかに紅に染まった花々の下で誰かが舞っている。風もないのに、はらはらと時折、散り零れる花びら。
そっと掌(たなごころ)をかざすと、音もなく、ひとひらの花びらが舞い降りる。
―ああ、何てきれいなのだろう。
思わず感嘆の吐息が洩れる。と、手のひらに舞い降りた花片が冷たさを持っていることに気付く。花びらが冷たい。愕いて見ると、桜の花びらかと思ったそれは、雪だった。
はらはら、はらはら、桜の花びらが舞う。
ひらひら、ひらひら、雪の花びらが舞う。
頭上で舞い踊るのが桜なのか、雪なのか、泉水には判らない。咲き誇る花の下で、その人は花びらと戯れ合うかのように、舞う。
はらはら、ひらひら、花びらと一体と化したかのように舞い踊る。
あれは、一体 、誰なのだろう。
花の精、それとも雪の精?
純白の小袖を身に纏い、華麗に、けれども何ものかに憑かれたかのように踊り狂う。
その時、ずっと背を向けていたその人がつと振り向いた。
泉水は、あっと声を上げる。
女(おみな)の面をつけた人間が佇んでいた。まるで影のようにひっそりと、月明かりがその人の姿を浮かび上がらせている。満開の桜の上に、眉月が浮かんでいる。
今宵は月夜なのだな、と、ぼんやりと考える。だが、細い女人の眉のような月はおぼろに滲んでいる。それが、どこか、この風景を現ならぬ、ひどく現実感のないものに見せていた。
一陣の風が吹き抜ける。ゴォーと唸りを上げながら吹き抜けてゆく風に巻き上げられ、薄紅色の花が散る、散る。泉水は降り注ぐ花びらを浴びて、その場に立っていた。そして、ハッと気付く。いつしか花びらがまた、雪に変化(へんげ)していた。
降りしきる雪が泉水の髪に、肩に降り積む。
その人もまた、雪の花びらをその身に浴びて佇んでいる。あの面の下には、どんな素顔が隠されているというのだろう。見たい、見てみたい。その想いに突き動かされ、泉水が手を伸ばそうとした拍子に、周囲の風景が暗転した。