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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第12章 幻花(げんか)

 徳円は淡々と続ける。その口調は、本当に子どもに昔話を聞かせているだけのようにも聞こえるほど、穏やかだ。
「先ほど私はその兄弟がほぼ同時に生まれたと言いましたが、双子であれば、当然のことです。しかし、そのほんのわずかな差が二人を、同じ母の胎内で共に身を寄せ合い十月十日過ごした兄弟の明暗を分けたのです。誰もが弟の方は死んだものと信じていました。よもや、その殺したはずの赤ン坊がひそかに生き存えていて、この世に存在するとは想像もしていなかった」
「その赤ちゃんは助かったのですか?」
 泉水が勢い込んで問うと、徳円は艶(あで)やかに微笑んだ。
「生きていました。その家の奥方が双子を生み落とした折、赤児を取り上げた産婆が殺されるはずの赤子を哀れみ、ひそかに連れ帰って育てたのです。むろん、老いた産婆は、その家の主(あるじ)夫婦には赤児は確かに殺したと告げ、自分は一人遠く離れた場所に移り住み、赤児はそこで育ちました」
「良かった―」
 ホッとする表情の泉水に、徳円は口許を歪めた。
「本当に、そうだったのでしょうか。あなたは赤の他人で、ただ殺されそうになった赤子を哀れむだけゆえ、そのように簡単におっしゃる。ですが、その助けられた赤児が真に幸福であったのかどうか。この世に生まれたその瞬間から、実の親に要らないものと切り捨てられた口惜しさ、無念。何故、兄より先に生まれなかったのか、ほんのわずかの違いで後に生まれた私の運命は決まった。私は兄を、父や母をいかほど呪ったかしれませぬ」
 泉水は眼を見開いて徳円を見つめた。
 では、それでは、この若い僧こそがその双子の片割れだったというのか!
 この頃には、泉水にも話の大まかな流れは容易く察することができた。
 徳円が立ち上がり、須彌壇の上の燭台に火を入れた。淡い光がぼんやりと室内を照らし出す。紅色の二本の蝋燭は、御仏を照らす灯(ともしび)としては不似合いなほど鮮やかな色をしている。その凶々しいほどに鮮烈な紅色を見ている中に、泉水の脳裡に、つややかな紅椿が浮かび上がった。七年前の昔、許婚者と並んで眺めたきれいな椿の色。
 ひんやりとした床の上に、徳円が被っていた般若の面が転がっている。部屋に灯された蝋燭の灯りに照らされ、面は微妙な陰影で表情を作る。

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