
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第12章 幻花(げんか)
「育ての母は実の親を憎むなと言い残した。我が子をみすみす見殺しにせざるを得なかった親の方も身を切られるように辛かったのだからとも言いました。あれは何年前のことでしょうか、そう、今からだと六年前のことです。育ての母が亡くなった後、私は江戸に出てきて、随明寺の住職浄円さまの弟子となりました。出家してまもなくのこと、寒い冬のある日、私は托鉢のため町に出たのです。自分でも知らぬ中に、ついふらふらと引き寄せられるように生まれた家であるという屋敷に脚を向け、気がつけば、その前に立っていました。経を読むふりをしながら、邸内を覗くと、庭で戯れる子どもたちの姿がかいま見えます。屋敷とはいっても、四方に垣根をめぐらしただけの、簡素な住まいでしたゆえ、覗くのは容易いことです。その時、私が眼にしたのは逢ったこともない同胞(はらから)と、それを慈しみに溢れた眼で見守る両親の姿でした。一つ年上の兄と、後から生まれたという幼い妹と弟。家族が愉しげに寄り添って笑いさざめいていました。私はその時、烈しい憤りを憶えずにはいられなかった。私がいなくなっても、この一家は何ら変わることなく過ごし、時間は穏やかに流れている。私の存在は彼らにとって何の意味も持たない。それも当然です、端からこの世にいるはずのない人間となっている私を思い出す人は誰一人としていない。私は生きながら葬られた身だ。初めから存在しない人間を思い出す人がいるはずがない。不覚にも、涙が出ました。私は、彼らにとって、取るに足らない存在ですらないのだと」
徳円は再びくっくっと笑った。
「私は彼らを憎みました。憎んで憎んで、憎しみの焔でこの身を灼き尽くしても構わないとさえ思うほどに。私が彼らを見た時、既に兄祐次郎は亡くなっていました。兄が亡くなったのも仏罰でしょう。御仏は、やはり私に味方して下されたのです」
「どうして、どうして、あなたは祐次郎さままでをも憎むのですか? 祐次郎さまには何の罪もないのに」
泉水は言わずにはおれなかった。それでは、あまりに祐次郎が可哀想すぎる。
「あなたの兄上は、ご立派な、お優しい方でした。そのようなことをおっしゃるあなたをご覧になれば、哀しまれます」
徳円は再びくっくっと笑った。
「私は彼らを憎みました。憎んで憎んで、憎しみの焔でこの身を灼き尽くしても構わないとさえ思うほどに。私が彼らを見た時、既に兄祐次郎は亡くなっていました。兄が亡くなったのも仏罰でしょう。御仏は、やはり私に味方して下されたのです」
「どうして、どうして、あなたは祐次郎さままでをも憎むのですか? 祐次郎さまには何の罪もないのに」
泉水は言わずにはおれなかった。それでは、あまりに祐次郎が可哀想すぎる。
「あなたの兄上は、ご立派な、お優しい方でした。そのようなことをおっしゃるあなたをご覧になれば、哀しまれます」
