
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第12章 幻花(げんか)
「あなたは聡明な方のようだから、私が何ゆえ、あなたの前に現れたか、薄々はお察しでしょう。多分、あなたのその推量は間違ってはいません。私は、あなたに復讐するために現れたのです。いえ、正確には、あなただけではない、あなたと祐次郎に、私を亡き者にしようとした両親を含めた、この世のすべての人間に復讐をするために来ました。たったそれだけのために、ひとたび死んだはずの私はこの世に蘇ったのです。祐次郎と瓜二つのこの顔を利用してあなたを籠絡し、夢中にさせておいて、最後には捨て去るつもりでした。絶望したあなたをあの世にいる祐次郎が見たら、どう思うだろうか、そう考えただけで嬉しくなり、笑いが止まりませんでしたね。絶望したあなたがいっそのこと生命を絶ってくれでもしたら、なおのこと好都合だとさえ思いました。私の味わった絶望を、口惜しさを―、皆が味わえば良いのだと考えていました」
御堂の外では、静かな雨の音が響いている。いつしか雷鳴は、すっかり止んでいた。
「すべては計算どおりに運びました。あなたは私が何者なのかと疑問に思い、その正体に少なからぬ興味を持った。その時点で、今回の計画の半分以上は成功したと思いました。ただ、たった一つだけ思いどおりにはいかなかったことがありました。それは、私があなたを愛してしまったことです。姫、私は叶うならば、陽の光の下を歩きたかった。兄は早くに亡くなりましたが、それでも私は兄が羨ましい。短い一生でも、あなたのような女(ひと)にめぐり逢い、束の間の生を力の限り精一杯、生き抜いた。太陽の当たる道を歩き、己れの人生を生き切ったのです。もし、私が兄の立場であったとしたら、あなたとめぐり逢う機会は私のものだった。あなたという女を知ってしまった今、私はいっそう兄を恨めしく思わずにはいられません」
徳円の静かな声が雨音に溶けてゆく。
「お帰りなさい、あなたを待つ人の許へ。もう過去の亡霊があなたの前に現れることは二度とないでしょう。私が十まで数える間に、ここからいなくなって下さい。さもなければ、いつ、私の気が変わるともしれませんよ、良いですか、一、二、三―」
徳円が小さく呟き、数を唱え始める。
泉水は涙の滲んだ眼で徳円を見た。
御堂の外では、静かな雨の音が響いている。いつしか雷鳴は、すっかり止んでいた。
「すべては計算どおりに運びました。あなたは私が何者なのかと疑問に思い、その正体に少なからぬ興味を持った。その時点で、今回の計画の半分以上は成功したと思いました。ただ、たった一つだけ思いどおりにはいかなかったことがありました。それは、私があなたを愛してしまったことです。姫、私は叶うならば、陽の光の下を歩きたかった。兄は早くに亡くなりましたが、それでも私は兄が羨ましい。短い一生でも、あなたのような女(ひと)にめぐり逢い、束の間の生を力の限り精一杯、生き抜いた。太陽の当たる道を歩き、己れの人生を生き切ったのです。もし、私が兄の立場であったとしたら、あなたとめぐり逢う機会は私のものだった。あなたという女を知ってしまった今、私はいっそう兄を恨めしく思わずにはいられません」
徳円の静かな声が雨音に溶けてゆく。
「お帰りなさい、あなたを待つ人の許へ。もう過去の亡霊があなたの前に現れることは二度とないでしょう。私が十まで数える間に、ここからいなくなって下さい。さもなければ、いつ、私の気が変わるともしれませんよ、良いですか、一、二、三―」
徳円が小さく呟き、数を唱え始める。
泉水は涙の滲んだ眼で徳円を見た。
