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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第13章 夢

「申し訳ございませぬ。自分では気付いてはおりませんでしたが、私、殿のお寝(やす)みの邪魔をしていたのではないでしょうか」
 泉水がうつむくと、泰雅は破顔した。
「何を水臭いことを申しておるのだ。夢ならば、仕方ないではないか。夢を見て、うなされるのにまで一々文句を申されておっては、その方の身が持たぬぞ」
 泰雅はそこで口をつぐみ、ふっと笑った。何かを思い出したかのような表情だ。
「それにな」
 と、言いかけて、意味ありげな顔で泉水を見つめる。
「いや、やはり止めておこう。幾ら、お転婆姫とはいえ、年頃の娘が言われて嬉しい話ではないからな」
 そんな風に含みのあることを言われると、余計に知りたくなるのが人の気持ちというものだ。泰雅はその点、実によく女心を知っている。が、初(うぶ)な泉水はその泰雅の計略にいとも容易く引っかかってしまうのだ。
「殿、そのように仰せになられますと、妙に気になりまする。眠っている最中に、私が何か致しておるのでございますか」
 早くも顔を上気させてムキになるのに、泰雅はさも愉しげに笑っている。
「いや、これは聞かぬ方が良いと思うぞ」
「殿、意地悪はお止め下さりませ! 私が自分でも知らぬ間に何か恥ずかしい真似でもしておると?」
 泉水が言い募れば募るほど、泰雅は嬉しげな顔になる。
「いや、俺は何も申してはおらぬ。例えば、泉水が就寝中にいびきをかいたり、歯ぎしりをしたりするなぞとは断じて申してはおらぬぞ」
「えっ、私がいびきをかいたり、歯ぎしりをしたりしておるのでございますか?」
 泉水は信じられないといった顔で首を振った。衝撃のあまり、声も出ない。
 泰雅に抱かれたその後、泉水は心地よい疲れと良人の温もりに包まれて深い眠りに落ちるのが常であった。それなのに、その傍らで高いびきをかき、ぎりぎりと歯ぎしりをしていたとは―、また何とも色気も品もあったものではない。
 穴があったら入りたい、いや、あまりの恥ずかしさに死んでしまいたいとさえ思った。
 耳朶まで紅く染めた泉水に、泰雅が笑いを含んだ声音で囁く。
「安堵致せ、そのような話、たとえ時橋にだとて言いはせぬゆえ」

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