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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第13章 夢

「もう、知りませぬ。殿がそのように意地悪をなさるおつもりならば、私は―」
 言いかけた泉水を、泰雅がそのまま夜具の上に押し倒す。
「うん、どうするというのだ? また、いつぞやのごとく実家に帰るか? それとも、もう、このような意地悪な男とは二度と閨を共にせぬと突っぱねるか? フラれた哀れな男は、菓子を貰えぬ犬のように指をくわえておらねばなるまいて」
 泉水の上に覆い被さった泰雅が悪戯っぽく言った。
「そのようなことは存じませぬ。菓子を貰い慣れた犬がいついつまでも大人しう、じっとして待っておるとは思えませぬ。いずこへなりと、美味しい菓子にありつけるところへと参るのではごさいませぬか」
 泉水が拗ねたように頬を膨らませると、泰雅は怒りもせず呵々大笑した。
「それは良い。だがな、生憎と、そなたは肝心なことを忘れておるようだ。かつては菓子を貰い慣れた犬も、ひとたび家に居着いてしまえば、我が家が最も良き、居心地の良き場所だと思うものよ。さすれば、いくらすげなくしようと、犬はどこにもゆかぬぞ」
 その時、泉水はハッとした。いくら何でも、これは言い過ぎだ。泰雅がいかに寛容な男でも、これでは気を悪くしても当然だ。
―これだから、姫さまは―。
 時橋の小言がいずこかから聞こえてくるような気がして、泉水は小さくなる。お転婆だけではなく、気が強いのも泉水の困った癖の一つなのだ。
「申し訳ございませぬ。言葉が過ぎました。ご無礼を申し上げました。殿を―、犬呼ばわりなど致しました」
 泉水が消え入るような声で言うのに、泰雅は笑った。
「良い良い。元はと言えば、俺が自分のことを犬にたとえたのが悪かったのじゃ」
 そこまで言い、泰雅が真顔になった。
「ところで、戯れ言はここまでと致そう。先ほどの夢の話だが」
 泰雅は泉水から身を離すと、傍らにゴロリと仰向けになった。頭の後ろで両手を組み、じっと天井を挑むようなまなざしで見上げている。
「俺は、どうも気になる」
「―ただの夢にございます」
 小さな声で言うと、泰雅がふいに首をねじ曲げ、泉水の方を見た。

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