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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第14章 夢を売る男

 こんななりを醜男がしていれば、それこそただの茶番か気違いかと思うところだけれど、この男、かなりの上男だ。むろん、〝今光源氏〟と異名を取る泰雅ほどではないが、そこそこにはモテるだろう。
「姐(ねえ)さん、大丈夫かい、怪我は?」
 と、外見からは想像できない、かなりまともなことを言われ、泉水は眼を瞠った。
「やだね、そんなに熱い眼で見ないでおくれよ。そりゃア、私は若い娘なら放ってはおかないような良い男だけど、生憎と女に趣味はなくてね」
 そう言えば、言葉遣いは何となく―いや、かなり怪しい。それにしても、とんでもない勘違い男であった。別に泉水はこの男に秋波を送っているわけでも、熱い視線を向けているわけでもないのだが。
 男は二十代半ばといったところで、泰雅と歳は変わるまい。この若さと男ぶりで女に興味がないというのは―、あまり考えたくない。
 かつて泉水とめぐり逢うまで、泰雅も女狂いと囁かれたほどの遊び人であり、あまたの女と浮き名を流した。女と見れば見境なく口説き、殆ど〝病気〟とまでいわれたのだ。
 だが、その逆もあり得るのだろうか。何かの病気で女を相手にできないとか、女に近づけば拒絶反応が出るとか。泉水は変な想像をあれこれ巡らせながら、眼前の男をまじまじと見つめていた。
「ああ、こりゃア、駄目だ。完全に私にイカレちまつてる。私もつくづく罪作りな男だねえ。見ず知らずの通りすがりのおぼこな娘をいきなり骨抜きにしちまうなんざァ、あな怖ろしや、どれほどの仏罰が下されるやら」
 男は、一人で脳天気なことをまくしたてている。どうも思考が今一つ尋常ではないらしい。単なる自惚れの強いだけの男なのか、それとも根っからの気狂いなのか、泉水には判じ得ない。いずれにしても、あまり関わり合いにならぬ方が良いと判断し、踵を返しかけたときのことである。
「おっと、ちょいと待ちな」
 突然、手を掴まれ、泉水はギョッとして振り向いた。
「姐さん、私の夢札は要らないかえ?」
 端整な顔がグイと眼の前に突きつけられ、真剣な面持ちで言う。なかなかに迫力があった。
「夢札?」
 泉水は小首を傾げた。

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