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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第14章 夢を売る男

 そう言えば、確か、この男は〝夢は要らんかね〟と叫んで客寄せをしていたような気がする。しかし、夢札なんて、これまで聞いたこともないし見たこともない。泉水は不信感も露わに男を睨みつけた。
「夢札って、何なの? 夢占(ゆめうら)とか、そんなものなの」
 男の奇抜な身なりからしても、挙動不審な様子からも全く信用できない気がする。自他共に認めるお人好しの泉水も流石に、この得体の知れぬ男をあっさりと信ずる気にはなれない。
 夢占とは、要するに〝夢占い〟を意味する。その人の見た夢で吉凶を占う、いわゆる夢判断のことで、古くは〝夢合わせ〟ともいった。
 泉水が疑いを隠せぬ口調で訊くと、男は肩をすくめた。
「勘違いして貰っては困る。私は易者でも占い師でもない。第一、夢占なぞ、所詮は、いかさま占い師の戯言(たわごと)にすぎぬ。あのようなもの、徒に人を惑わせる邪道のもの」
―何が、いかさま占い師よ。あんたの方こそ、思いっきり怪しいじゃないの。
 と、口にはせぬが、顔でめいっぱい主張して睨んでやる。
「私の売るのは占いではないのだ」
 真剣な顔でのたまう男に、泉水は訊いた。
「それなら、あなたは何を売るというんですか」
 男が我が意を得たりとばかりに、したり顔で頷く。
「私の売るのは夢」
「夢を売る―?」
 冗談ではなく、退(ひ)きそうになってしまった。一体、何なのだ、この男は。外見からして尋常ではなさそうなことは一目瞭然だけれど、言うことも常軌を逸している。
「姐さん、私をここのイカレた野郎だと思ってるんじゃないの?」
 男は笑いながら、自分の頭を人差し指でチョンとつつく。流石に、本人の前で〝はい、そうです〟とも言えないから、曖昧に笑ってごまかしておくことにした。
「ハハ、その顔が何よりの応えだね。姐さん、見かけどおりの正直者なんだ。よし、じゃア、正直者の姐さんには、ただで夢札を進呈しよう」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。私、要らないわ。夢札だなんて、そんなわけの判らないものを頂いても困ります」
 泉水が慌てて首を振ると、男は笑った。

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