
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第14章 夢を売る男
駄目、駄目。泉水は思いきり首を振った。
あのようなエセ占い師(本当は占い師ではないし、そう当人も言っていたのだが)の妄言を易々と信じるなぞ、どうかしている。おかしなことばかりを囁かれ、すっかりその気にさせられかけてしまっているようだ。
いっそのこと、こんな札なぞ道端に捨て去ってしまおうかと考えかけた時、泉水の耳を子どもの泣き声が打った。
思わずハッとして、前方を見つめる。どうやら、向こうから来る通行人とぶつかったらしく、小さな子が転んで泣いている。
全く、この人通りの多さは尋常ではない。こんな往来に小さな子ども一人で放り出すなんてと、泉水は憤慨めいた気持ちを抱きながら駆け出していた。
年端もゆかぬ幼子が一人で泣いているというのに、道行く人は誰も声をかけるどころか、振り向こうとさえしない。これだけの多くの人が歩いている天下の往来での出来事なのに、何と薄情な人々の多いことか。
「江戸っ子気質も落ちたもんよね。泣いている子どもをろくに気にかけてやる人もいないっていうんだから」
どうも一人で愚痴を呟くのは、乳母の時橋に似てきたものだろうか。そう考えて、思わずゾッとする。娘が自然に母親に似てくるのど同じ理屈で、泉水もまた育ての母時橋に似てきたのだろうか。
とりあえず気を取り直し、泣いている子どもに優しく声をかけた。しゃがみ込んでいるその子は小さな両手で顔を覆って、しゃくり上げている。
「ねえ、どうしたの?」
泉水自身もしゃがみ込んで、その子と同じ眼線の高さになる。
「ね、どうして泣いてるの。良かったら、話してみてくれない」
できるだけ優しく言いながら、泉水はふと、この光景に―今、自分が遭遇している場面に既視感を憶えた。
泣いている女の子に〝どうしたの〟と声をかける自分の姿を、どこかで見たような気がする。
ふと、子どもが泣き止んだ。面を上げる。女の子だった。色の白い、整った面立ちの愛らしい子だ。歳は五つか六つ。身に纏った着物は粗末で所々継ぎが当たってはいるけれど、きちんと洗濯してあるし、こざっぱりと整えられている。
刹那、泉水は息を呑んだ。
あのようなエセ占い師(本当は占い師ではないし、そう当人も言っていたのだが)の妄言を易々と信じるなぞ、どうかしている。おかしなことばかりを囁かれ、すっかりその気にさせられかけてしまっているようだ。
いっそのこと、こんな札なぞ道端に捨て去ってしまおうかと考えかけた時、泉水の耳を子どもの泣き声が打った。
思わずハッとして、前方を見つめる。どうやら、向こうから来る通行人とぶつかったらしく、小さな子が転んで泣いている。
全く、この人通りの多さは尋常ではない。こんな往来に小さな子ども一人で放り出すなんてと、泉水は憤慨めいた気持ちを抱きながら駆け出していた。
年端もゆかぬ幼子が一人で泣いているというのに、道行く人は誰も声をかけるどころか、振り向こうとさえしない。これだけの多くの人が歩いている天下の往来での出来事なのに、何と薄情な人々の多いことか。
「江戸っ子気質も落ちたもんよね。泣いている子どもをろくに気にかけてやる人もいないっていうんだから」
どうも一人で愚痴を呟くのは、乳母の時橋に似てきたものだろうか。そう考えて、思わずゾッとする。娘が自然に母親に似てくるのど同じ理屈で、泉水もまた育ての母時橋に似てきたのだろうか。
とりあえず気を取り直し、泣いている子どもに優しく声をかけた。しゃがみ込んでいるその子は小さな両手で顔を覆って、しゃくり上げている。
「ねえ、どうしたの?」
泉水自身もしゃがみ込んで、その子と同じ眼線の高さになる。
「ね、どうして泣いてるの。良かったら、話してみてくれない」
できるだけ優しく言いながら、泉水はふと、この光景に―今、自分が遭遇している場面に既視感を憶えた。
泣いている女の子に〝どうしたの〟と声をかける自分の姿を、どこかで見たような気がする。
ふと、子どもが泣き止んだ。面を上げる。女の子だった。色の白い、整った面立ちの愛らしい子だ。歳は五つか六つ。身に纏った着物は粗末で所々継ぎが当たってはいるけれど、きちんと洗濯してあるし、こざっぱりと整えられている。
刹那、泉水は息を呑んだ。
